高層ビルが立ち並ぶ都市部の路上には、物乞いや拙い芸で小銭を求める幼い子どもたち。これが、経済大国をまい進する中国の姿である。格差が縮まるどころか拡大するばかりの中国社会の行く末はどうなるのか。ジャーナリストの福島香織氏が報告する。
* * *
米国の反格差デモ「ウォール街を占拠せよ」事件を受けて、国営新華社通信は少々嬉しげに「米国の貧富の差は歴史に前例がないほど」「街角の革命」「西側の“制度的貧困”であり、体制への失望を映し出す」と報じたが、これは目くそが鼻くそを笑う、である。
なにせ1日の生活費が1.25ドルという世界銀行が規定する貧困基準以下で暮らす中国人は、米国の人口に匹敵する3億人に上る。この3億人分の財産の全合計が1370億ドル。中国の金持ちの上から1000人分の財産の合計5710億ドルの4分の1にも満たない。
2010年5月、新華社の世界問題研究センターの叢亜平、李長久の両研究員がまとめたリポートが「中国のジニ係数(富の分配を測る指標)はすでに0.5(社会騒乱多発警戒ラインは0.4)を超えている」と警告したが、中国こそ、いつ社会主義革命が起きてもおかしくない貧富の格差を抱えているのだ。
たとえば中国にはお金目当てに、子どもを売る親がまだいる。北京五輪前のことではあるが、北京市の西部にある四川省人の出稼ぎ村に暮らしていた廃品回収業の一家としばらく交流していたときのある日、末の5歳になる娘の姿が忽然と消えたのを私も目のあたりにした。
両親は「親戚にあげた」としか言わなかったが、近所の人が、「他人に売った」のだと教えてくれた。そういう事態がかなり特殊なのかというと、親が子どもを売ったというニュースや事実は今でもしばしば耳にする。
新京報(10月14日付)によれば、北京市在住の男性(26)が女友達の産んだ生後2か月の息子を、買い手に扮した警察の囮捜査の協力者に売ろうとしたところ、現行犯で逮捕された事件があった。
女友達に逃げられ、子どもを抱えたままでは仕事ができないとネットを通じて子どもを売りに出し、ネット上で6万6000元(約81万円)で売る約束をしたという。
また湖南省永州市のともに20歳の若いカップルが、妊娠するも堕胎手術するお金がなく、3年の間に3人の子どもを産み、合計4万元(約49万円)で3人とも売ってしまった事件が人民ネット(7月20日)に報じられていた。
これは90后(1990年代生まれ)カップルの無知と貧困、人間性の欠如による悲劇と当時は話題になった。11月には山東省で、出稼ぎ夫婦に妊娠を依頼して新生児を男児は5万元(約62万円)、女児を3万元(約37万円)で売買する組織が摘発された(環境時報電子版)。
売られた子どもの運命はさまざまだが、都市部でよく見かける子どもの物乞いも、その末路のひとつの形である。
9月に北京を訪れた際、北京市中関村で、小学校低学年ぐらいの女の子が段ボールの手書き看板の前で地面に額をすりつけ、通行人の同情を引こうとしていた。「母親が病気で学校に行けません。親切な方、お助けください」と。西部の蘋果園駅近くでは、痩せた男児が逆立ちをして、小銭を求めていた。いわゆる「売芸」である。男児の顔は血が下がって真っ赤だった。
今年の春には微博(中国国内で使われているツイッター式のマイクロブログ)を中心に、子どもの物乞いの保護が呼び掛けられるキャンペーンが張られたが、いまだこういう状況である。
大人の物乞いは、農業だけでは暮らしていけず、出稼ぎ口も見つけられない農民たちの最後の生活手段でもある。
2007年12月に北京で取材した老夫婦の物乞いは「寒村で農民をやっているより、豊かな都市で物乞いをやる方が楽」と語った。物乞い管理組織が上納金を求める場合もあるが、地元政府の搾取の方が往々にしてひどいのだ。
中央政府から貧困補助を受け、国家級貧困県に指定されている地域は全国で592県。民族自治区貧困県は341県。この数はこの10年、一向に改善されていない。
むしろ貧困県でありながら1億元の費用をかけて23階建ての県庁舎を建設したり(陝西省横山県)、2億元かけて3万平方メートルの行政服務センターを建設したり(河南省固始県)といった矛盾が目立つようになり、単純に貧しいだけでなく、貧困県内に激しい貧富の差が生まれ、底層社会の人々の不満と恨みを増幅させる結果となっている。
※SAPIO2011年12月7日号