話題のニュースや著名人などに縁のある料理を紹介する「日本全国縁食の旅」。食事情に詳しいライター・編集者の松浦達也氏がお届けする。今回は、11月 15日、北朝鮮で行われたサッカーW杯アジア三次予選で同国政府に没収されたある食材について考える。
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サッカーW杯アジア3次予選北朝鮮戦で、むしろ次のような見出しが目を引いた。「ザック監督、大好物を没収されていた」。
日本代表・ザッケローニ監督が北朝鮮に入国する際、常時持ち歩いているというチューブ入りのねりわさびを平壌空港で取り上げられた。その事実を日本サッカー協会の小倉純二会長が「すった(高級な)わさびじゃなく、チューブ入りのヤツがいいみたい」というオマケ情報つきで明かしたところ、ネットの掲示板などで「トンカツもわさびで食うらしいぞ」「白飯にもたっぷりとわさびを乗せて食べるんだとか」など試合結果のことなど忘れたかのような盛り上がりを見せた。
ザッケローニ日本代表監督を惹きつけてやまない、チューブ入りわさびの正体とは何か? まず一般に流通しているわさびの種類から整理しておきたい。
小倉会長が「すったわさび」と言ったのは、高級寿司店などで一般的に使われる「沢ワサビ」と呼ばれるもの。山間地の湧水や清流の流れる渓流で栽培され、百貨店の店頭などでもよく見かけるアレである。ちなみに植物学上の同じ品種(Wasabia japonica)を陸の畑で栽培すると「畑ワサビ」となる。
そしてザック監督お気に入りのチューブ入りのわさびによく使われるのが、セイヨウワサビ(Cochlearia armoracia/ Armoracia rusticana)。ローストビーフなどのつけ合わせで知られる「ホースラディッシュ」であり、ワサビダイコンとか「山ワサビ」という名でも呼ばれる。
ほかにもよく北海道産のセイヨウワサビと混同されがちなエゾワサビ(Cardamine yezoensis)や、ユリワサビ(Wasabia tenuis)といった種もあるが、食用としては沢ワサビとセイヨウワサビが圧倒的なシェアを持っているのが実情だ。
ちなみにチューブ入りのわさびでも「本わさび」「生わさび」という表記があるが、現在では「沢ワサビ」――つまりWasabia japonica種を50%以上使用したもののみ「本わさび使用」と謳うことが可能となっている。50%未満は「本わさび入り」という表示になる。ザック監督は「いつもカバンに100円程度で買ったチューブ入りのわさびを持ち歩いている」という報道から考えると、セイヨウワサビの比率が高い製品と考えられる。
「ごはんにもわさび」というザック監督に対して、スポーツ紙からは「“変食家”」、ネット上からも「おかしいだろ」というツッコミが入っていた。だが東京・牛込柳町の「つず久(く)」という名居酒屋には「わさびめし」という看板メニューがある。
炊きたてごはんに、おろしたての山わさび(セイヨウワサビ)を大量にかけ、醤油を一回し。女将さんの「ほら、早く食べて!」の号令とともに大の大人が涙ながらにメシをかっ込むという名物メニューだ。
もちろん、チューブのわさびではまったく同じ味わいとまではいかないが、試してみるとそれなりに近い味わいになる。変食家どころか、先入観に囚われることなく、手に入る材料で名店の味わいに近づけているとも言える。一事が万事。現実を見つめながら理想を追求する、そんなザック監督の姿勢はチーム作りだけでなく、食選びにも反映されている?