14年間引きこもりだった男が家族からインターネットの接続契約を解約され、激怒した結果5人の家族を包丁で刺し、家に放火した「豊川一家5人殺傷事件」。長男・事件から1年半を経て初公判を迎えた岩瀬高之被告(31)はどのような半生を辿り凶行に至ったのか、ノンフィクションライターの小川善照氏リポートする。
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高之には6つ下の次男、8つ下の三男がいる。学校にも仕事にも行かない兄は決して自慢の兄ではなかった。高之を疎んじることで二人は連帯した。 父・一美は高之と家で顔を合わせると、こう言った。
「お前そろそろ仕事せい」
だが高之は無言を貫いた。兄弟から無視され、父から叱責を受け続ける。その孤独を癒してくれるツールがパソコンだった。折しもネットが世界で脚光を浴び、「ボタン一つで世界と繋がる」と喧伝されていた。 もっともその闇の部分が指摘されることはまだなかった。
高之は一日中ネットを楽しみ、ニュースサイトから社会の「日常」を知った。この頃の高之に関する報道の中には、「高之が家庭内で暴力を振るった結果、家族の24、25万円の収入を全て管理し、両親に小遣いを与えていた」というものがある。だが、それは家庭内暴力の結果ではない。捜査関係者が明かす。
「まだ20歳前後の高之に一家の収入を管理させていたのは、父がATMをうまく使いこなせなかったからときいた。両親は二人とも金に頓着せず、金銭管理が苦手だった。母親からは、“やってもらって助かっていた”という証言すらありました。ましてや家庭内暴力なんて一切なかった」
近所では、折り合いの悪かった父・一美と自転車で外出する姿も時々見られていた。これは、銀行への振込みに、高之が付き添ったからというもの。金銭管理に関しては一美が高之を頼っていた様子が窺える。
一方、高之は同時期に親名義の銀行口座を新たに開設してクレジットカードの契約を結んだ。それがネットショッピングやネットオークションにのめり込む原資になった。アイドルの写真集やアニメDVDを買い漁り、特にネットオークションに嵌った。捜査関係者が続ける。
「“人に競り勝つのが楽しかった”と彼は語っている。ネットというバーチャル世界のやり取りなのに、競り落とせばリアル社会の商品として手元に届く。それが嬉しかったのではないでしょうか。競り落とした商品は家でほったらかして、使用することはなかった」
動作不良の家庭用コピー機、家庭用生ゴミ処理機、段ボール箱100個……高之がネットを通じて購入する対象は何でもよかった。一美は度々、注意した。
「いらないものは買うな。お前が食べるから冷蔵庫のものがすぐになくなる。荷物を頼むより、自分の食べるものを買いなさい」「そんなにパソコンが好きならパソコン関係の仕事を見つけろ」
だが、高之は無言を貫いていたのだ。
(文中敬称略)
※週刊ポスト2011年12月16日号