ジャーナリスト・武冨薫氏の司会&レポートによる本誌好例企画「覆面官僚座談会」。呼びかけに応えた官僚は財務省中堅官僚のA氏、経産省中堅のB氏、総務省ベテランのC氏、厚生労働省若手のD氏だ。今回は民主党の「社会保障と税の一体改革成案」について討論する。
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――そもそも民主党政権の「社会保障と税の一体改革成案」には大きな疑問がある。消費税率を10%に上げれば税収が約13兆円増えるが、社会保障費の増額はわずか2.6兆円。そのうち年金は6000億円にすぎない。これでは社会保障のための増税とはいえない。
経産B:確かに一体改革案の内容はお粗末です。税収の13兆円を社会保障の何に使うか詳細な内訳は財務省にも厚労省にも示せない。なぜかというと、一体改革の目標である4年後(2015年)に年間13兆円の財源がないと社会保障制度がパンクすることなどありえないからだ。
例えば、医療費は毎年1兆円以上伸びていて、税金で補填しているように思われているかもしれないが、実際の公費投入額の伸びはせいぜい毎年1000億円台だ。大半は税金ではなく健康保険料の値上げでまかなっている。年金も支給額と保険料から財政計算をやっているから、予期せぬ支出はない。財務省は歳入が足りないから税率を上げたいだけで、実は使途は決まっていない。
財務A:ずいぶん乱暴な議論だが、わが省は一番苦しい立場にある。社会保障制度改革が国民にアピールできる内容なら、税率引き上げも説得力を持つはずだが、民主党には年金も医療も抜本的な改革案がない。だから厚労省には2015年までに「福祉の充実」で年間13兆円使っていいといったのに、まともなメニューすら出せなかった。
――民主党はマニフェストで掲げた、全額税方式で月額7万円の最低保障年金を創設する抜本改革法案を2014年度までに成立させるスケジュールを立てている。
経産B:最低保障年金の素案をまとめたのは財務省OBの古川元久・現国家戦略相だが、古川氏は内閣府副大臣兼国家戦略室長時代、「年金は後回し」と言い放ち、以来、すっかりやる気はなくなった。民主党内で他に税方式がわかっている議員はほとんどいない。
厚労D:一応、党の年金作業チームで税方式の議論をしていますが、「どんな改革案がいいか」と今頃、議員にアンケートを取っていた。しかも、回答したのはわずかに3人のみでした。他の議員たちは年金の仕組みすらわかっていないのでしょうね。
経産B:厚労省に送り込まれた小宮山大臣はじめ政務3役も年金の素人ぞろい。大臣は先日の仕分けで「後世代にツケ回しをしないため、年金減額する」と特例水準(※1)の見直しを宣言したが、辻泰弘・副大臣は正反対。
一体改革に盛り込まれている低所得者への年金一部増額を議論する席で、突然、「低所得者だけでなく、全員の受給額を増やしたらどうか」と逆提案して場の空気を凍らせた。年金財政の状況をここまで認識していない人が年金担当の副大臣だからね。
財務A:この政策能力の低さは見るに忍びない。
総務C:年金制度は社会構造の基礎だ。民主党が政権を取ることができたのは、消えた年金問題など社保庁の不祥事に国民の怒りが爆発したのがきっかけだが、その根底には自民党がつくった現在の賦課方式(※2)の年金制度が少子高齢化で立ち行かなくなり、国民が社会構造の基礎に不安を感じたからだと思う。自民党にも年金改革論者はいるが、自分たちが作った制度を否定するのは難しい。その意味で政権交代は年金制度改革のチャンスだった。
民主党の政治家が年金改革の持つ意味を理解して、もっと早く国家プロジェクトとして改革に取り組めば、それが民主党政権の求心力につながったはずだ。しつこいようだが、これこそ政治家の責任においてしかできない。
※1 特例水準/年金受給額は物価・賃金を反映して金額を調整する「物価スライド制」が取られていたが、過去の物価下落時に引き下げられなかったことから、現在は本来の受給額より2.5%高い。これを「特例水準」という。野田政権は、今後3~5年間かけて本来の水準まで受給額を減額する方針。
※2 賦課方式/年金制度には大きく2つのタイプがあり、現役世代が支払う保険料から高齢者(受給者)の年金を支払うのが賦課方式。老後を迎えた世代の生活を次の世代が支えていく「世代間扶養」の考え方だが、少子化が進むと現役世代1人あたりの負担が重くなる。それに対し、本人が支払った保険料を積み立てて老後に受け取る「積み立て方式」は少子化の影響を受けない。
※週刊ポスト2011年12月16日号