なでしこジャパン主将・澤穂希に新たな「世界一」の勲章が加わるか。女子サッカーの世界最優秀選手を選ぶ“2011 FIFA女子バロンドール”である。10月にノミネート10名を選出した同賞は、12月5日に最終候補者3名を発表。マルタ(ブラジル)、ワンバック(米国)とともに澤がエントリーされた。世界的に高い評価を得る澤の意外なエピソードについて、彼女の最新刊『夢をかなえる。』(徳間書店刊)を構成、『世界一のあきらめない心』(小学館刊)を上梓したスポーツライター・江橋よしのり氏が解説する。
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澤は言葉と心の関係に敏感な選手です。「“私にはできる”と念じれば、本当にできる気がする」「“もう無理だ”と弱音を吐いたら、そこで勝負はついてしまう」といったように、人間の行動は口から発した言葉に引っ張られるものだと考えているんです。だから澤は、常にプラスのことしか口にしません。
ちなみに「吐」という字は、口へんにプラス、マイナスと書きます。ここからマイナスを取り除けば「叶」という字になります。「夢は見るものではなく、叶えるもの」という信条を掲げる澤は、プラスのことだけを口にし続けて、「吐く」のではなく「叶える」を実現してきたといえるでしょう。
そんな澤ですが、たった一度だけ弱音を吐いたことがあるといいます。2004年、アテネ五輪の出場権を獲得した代償に、右膝半月板損傷という大怪我に見舞われました。五輪本大会は絶望かともいわれたギリギリの状況でしたが、彼女は半月板の切除というたいへんな手術に踏み切り、わずか2か月でピッチに復帰しました。
アテネに間に合わせる、というタイムリミットを設けたリハビリは、過酷を極めたといいます。彼女に課されたメニューは男子選手と同等のものでした。ある日、彼女は「自分に負けた」といいます。涙をこぼしながら「もう無理」とギブアップしてしまったそうです。
ところが、そんな彼女を励まそうと、なでしこジャパンのチームメイトがやってきて、澤と一緒にリハビリメニューをこなしました。「澤にあきらめてほしくない」という思いで身体をいじめ抜き、それが終わればチーム練習に合流してまた走ったという仲間たちの姿に触れ、澤は再び「アテネに行くためにリハビリをやり遂げる」と誓ったのです。
2か月後、奇跡的な回復を果たした澤は念願叶い、アテネのピッチに立つことができました。しかし、半月板の40%を切除してしまった彼女の膝は、将来、悲鳴を上げるかもしれません。やがて老人になり筋力が低下してしまえば、自力歩行も困難になるかもしれないといいます。それでも「自分の老後を心配するよりも、日本の女子サッカー界のために」手術を決断したというのですから、本当に頭が下がります。一生をサッカーに捧げた澤が、「世界一の選手」として認められることを、私は日本国民のひとりとして強く願っています。
※2011 FIFAバロンドールの発表と授賞式は2012年1月9日19時(日本時間10日未明)、スイス・チューリッヒで行なわれる。
撮影■金子悟