読書家のピース・又吉直樹(31)が、尾崎放哉、太宰治、江戸川乱歩などの作品紹介を通じて自身の体験を綴るエッセイ集『第2図書係補佐』(幻冬舎よしもと文庫)を出版した。
姪っ子から“目から下が青色のバケモノ”という似顔絵を渡された話や、元相方との胸が熱くなる回想録など、「本を読んだから思い出せたこと、思いついたこと、救われたこと」が全47編。本への愛情と尊敬の念がたっぷり詰まった一冊だ。
彼と本とのつきあいは長い。中学2年で文学に目覚めた彼にとって、バイトの面接に受からず、いつもお腹を空かせていた下積み時代に、“強力な飢餓感から意識を奪還できる唯一の行為”といえば読書だった。
「本のよさは、もちろん娯楽としても面白いんですけど、娯楽を超える体験ができることだと思います。それを知ったらみんな病みつきになるでしょうね。
ぼくは子供のころからいろいろ考えすぎてしまうので、そんな自分が怖いなと思っていたんですけど、本を読むとすでに誰かがその気持ちや体験を書いてるんですよ。誰にも話していないぼくと同じ悩みを登場人物が持っていたり。ものすごい凡庸な言葉でいうと、本は友達みたいなもの。ああ、一緒やんって共感できる存在なんです」
それにつけても、だ。約2000冊あるという蔵書の中から彼の体験にリンクする作品をよく思い出せるものだと感心する。特に読書日記はつけずとも、好きな作品は覚えていられるというからうらやましい。その優れた記憶力ゆえか、過去の恋愛についても、情景までが赤裸々に語られているのが印象的だ。
「いま落ち着いて読み返してみたら恥ずかしいですけど(笑い)、書いてるときは締め切りに追われてそんなことゆうてられへん。裸になるしかなかったという感じです。好きな小説を読んだときに、まさにそれとリンクする、めっちゃわかりやすい体験談をと思って。何かをほめるために何かをけなす、というような謙虚じゃない文章は嫌いです」
その言葉通り、彼が描く登場人物にはすべて愛情が注がれているのがわかる。特に主人公が心に闇を抱えた女性にとりこまれ、どんどん弱くなっていくという古井由吉の『杳子』を紹介する章では、彼自身が逆の立場として元恋人の元気を吸い込んでしまった、という切なく愛おしいエピソードが語られる。
「よくいうじゃないですか。男はいつまでたっても、過去の女性のことがずっと好きだって。ぼくもいままで好きになった人、全員好きです(笑い)。嫌いになる理由はないですね。振られても、後から振り返って、結果ありがとうという感じです」
優しいけれど過去を大事にしすぎるのは、女性にとってはつらそうだが。
「前に、悪気なく、元カノからの手紙を入れたまま忘れていたかばんを、当時の彼女に貸したことがあったんです。案の定“手紙はいってたで”っていわれて。もう中身読んでるだろうし、隣にいるからまずいと思ってるのに、思わず読み入って“めっちゃいい文章やん”っていってもうて。そしたらその子が“あぁ褒めちゃった”っていって(笑い)。アホだけどそれがすごくおもろかったですね」
※女性セブン2012年1月1日号