今年一年、日本の食卓は大いに揺れた。話題のニュースや著名人などに縁のある料理を紹介する「日本全国縁食の旅」。食事情に詳しいライター・編集者の松浦達也氏が総括するのは「牛」だ。
* * *
今年2011年は食肉、とりわけ牛肉にとって歴史上最悪と言ってもいいほどの受難の年となりました。2001年のBSE問題、2010年の口蹄疫の流行など、この10年ほどただでさえ逆風が吹いていたのに、今年は食肉の歴史すら変えかねない激動の年となってしまいました。年の瀬の今回は、2011年の「牛」を振り返ってみたいと思います。
年初にはまさか「牛」を取りまく環境がこれほど変化するとは夢にも思いませんでした。たった1年前、ホルモン焼肉店は押すな押すなの大にぎわいでしたし、ブームに目をつけた飲食チェーンが次々に焼肉の新業態を開発、店舗展開に乗り出していました。忘年会シーズンの現在ではにぎわいを多少取り戻しているようにも見えますが、「今年の売上は昨年の5割」(都内の焼肉店店主)と撤退を考える店舗も珍しくないようです。
食肉業界に限定すると、今年最初の衝撃は4月末に起きた「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件でした。同店でユッケを食べた客、100人以上が腸管出血性大腸菌O-111やO-157に感染し、5人が死亡。運営会社のフーズ・フォーラスは7月に廃業に追い込まれました。
この事件以降、全国の焼肉屋からユッケやレバ刺しが姿を消すことになります。年末には、「表面を加熱しておけば安全」と言われていた牛レバーの内部からもO-157が検出されたことで、いまや牛の生食文化は風前の灯火と言えるほどの危機にさらされています。
原発事故の影響による「汚染牛」問題では牛肉全体の安全性確保も大きな課題となりました。国の暫定基準値を超える放射性セシウムが肉牛から検出され、7月以降、福島県をはじめ、岩手、宮城、山形、栃木県などで次々に出荷が停止されました。
検査体制が強化され、出荷は再開されましたが、消費者の不安がぬぐい去られたわけではありません。東京食肉市場では、最高ランク「A5」の枝肉単価も前年比で約2割安で推移していて、さらなる下落も危惧されています。
まだあります。8月には以前からずさんな経営体制が指摘されていた和牛預託商法の最大手、安愚楽牧場が、東京地裁に民事再生法の適用を申請。債権者約7万5000人、負債総額4330億円という被害規模に、事業内容を弁護士が精査したところ「早期に直営の牧場や牛を売却しなければ財産保全はおろか、牛の餌代を賄えず、大量の牛が餓死しかねない状況」として民事再生手続きも廃止となり、現在破産手続きが進行中。牛が何か悪いことでもしたのかと天を仰ぎたくなるような事件が次々に発生しています。
その他、牛丼チェーンの「すき家」を狙った強盗事件も頻発し、「吉野家」「松屋」を含めた大手3社の売上はそろって前年割れ。石狩の焼肉・ステーキ店では「松阪牛偽装」問題も発生するなど、牛にまつわる受難は規模の大小を問わず、目を覆わんばかりです。
わずかな光明と言えば、熊本県や高知県などを主産地とするあか毛和牛や、岩手や秋田などの短角牛、肉牛用のホルスタインの認知が少しばかり進んだことくらいでしょうか。今後もTPP問題など難題が山積みですが、昨年の口蹄疫から続く受難から、来年こそは牛さんと関係者が解放されるよう、祈らずにはいられません。どうかよいお年を。