政府税調で所得税の最高税率の引き上げが検討されることになったが、そもそも最高税率を払っている高所得者は少ない。その一方で課税最低限が高いため所得税を払っていない低所得者層が多い。なぜこんなことになっているのか、大前研一氏が解説する。
* * *
日本の場合、高額な給与を取っているエグゼクティブはペーパーカンパニーを作り、勤めている会社が負担してくれない経費をそちらに計上して「節税」に励んでいる人が多い。だから所得税の最高税率50%を払っている人は、実は極めて少ないのが実情である。つまり、懲罰的な税率にして実は補足率が小さい、というマンガみたいなことが起っているのだ。
その一方で、日本は所得税を払わなくてもよい「課税最低限」が政治(集票)目的により世界で最も高い水準になっている。たとえば夫婦と子供2人の給与所得者は261.6万円だ。このため給与所得者の4分の1くらいは所得税を払っていないとされ、その比率は低所得層の増加によって年々高くなっている。
つまり日本は、所得税の最高税率は高いけれども、その税率で真正直に払っている高所得層は少なく、課税最低限が高いために所得税を払っていない低所得層が多いという現状なのである。
そのうえ税務署の課税所得の捕捉率には、政治力の差によって大きな“業種間格差”がある。いわゆる「トーゴーサンピン」問題だ。捕捉率がサラリーマン(給与所得者)は10割、青色申告の自営業者は5割、農林水産業者は3割、政治家は1割と言われている。開業医なども高い経費率が慣行的に認められてきた。源泉徴収されているサラリーマンはほとんど漏れはないが、自営業者や農林水産業者は自己申告なので税務署が把握しづらく、政治家は課税対象とならない「政治資金」に政治活動と無関係な支出を計上するケースが多発している。
農林水産業者や自営業者が優遇されているのは、選挙になると彼らの組織票が強いからだ。農家が「パイナップル農園視察」という名目の経費にして家族でハワイ旅行をしたり、商店主が「北欧小売業視察」という名目の経費にしてデンマークに人魚姫像を見に行ったりするのは当たり前になっているが、そんなことが許されてよいはずがない。
このように所得税は、給与所得者の高所得層は捕捉しきれず、低所得層は払っていない人が多く、青色申告者は捕捉率が低く、100%捕捉されてバカ正直に払っている(源泉徴収で有無を言わせず払わされている)のは中間所得層のサラリーマンだけなので、すこぶる効率が悪いのである。
※『サラリーマンのための安心税金読本』(小学館)より