民主党政権発足以降、膠着状態にある日本人拉致問題。だが、金正恩新体制への移行でチャンスが訪れていると、安倍晋三元首相は言う。小泉政権時代、訪朝団として金正日総書記に対峙、5人の拉致被害者を連れ戻して以降も、拉致問題解決に取り組み続けてきた安倍氏が対北朝鮮外交において日本が今何をすべきかを語る。
――後継者である金正恩は父親の性格や政策をどの程度受け継ぐだろうか。
安倍:残念ながら北朝鮮から情報を得るのは非常に難しく、現在、どこの国も金正恩の素性についてほとんどわかっていない。唯一の例外である中国からも正恩の情報はほとんど漏れ伝わってこない。
ただし金正恩はまだ若く、後継者といっても事実上の傀儡政権となる可能性がある。実質的に権力を行使するのは叔父の張成沢、あるいは軍部になるかもしれない。だからこそ日本は中国から積極的に情報を集めて分析し、北朝鮮の誰に働き掛けをすべきか慎重に見極める必要がある。
たとえ金正恩の素性がわからなくても、適切な相手に日本がしっかりとしたメッセージを出し続ければ、事態をチャンスに変えられるはずだ。
――金正恩の実力は未知数だ。北朝鮮国内が混乱し、不測の事態が発生するかもしれない。
安倍:その可能性は排除できない。不測の事態が発生すれば大量の難民が発生する。しかし船舶の数も少なく、燃料がないため海路日本へやってくる人数は限られている。一方で、38度線は防御が堅いので難民は陸から中国をめざすだろう。これを危惧する中国はすでに人民解放軍を中朝国境に配備している。
金正恩が実力をアピールするため、軍事オペレーションを強行する危険性もある。父親と同じように、延坪島砲撃や核実験を起こすかもしれない。十分な警戒が必要だ。
――重要な年となる2012年に向け、日本国内の懸念材料は?
安倍:本来ならば日米韓が緊密に連携し、中国を巻き込んで北朝鮮を安定化させるべきなのに、民主党政権は慰安婦問題で韓国ともめている。ソウルの大使館前に慰安婦碑が建てられたことは民主党の外交敗北であり、彼らがいかに無能であるかを証明している。
2012年は北朝鮮だけでなく米韓中など、この問題の当事国で指導者の交代や大統領選挙がある。大きなパラダイムシフトを迎える年、外交認識が根本的に間違っている民主党政権に日本の国益を守れるのか。今一度、外交とは何かを真摯に考えるべきだ。
※SAPIO2012年1月11・18日号