北朝鮮の金正日総書記が死亡したことを受け、三男の金正恩への権力継承が急ピッチで進められている。
現在は金正日の年老いた部下により守られているだけに、金正恩はあくまでも、“父親が生前敷いたレールを走っている”だけだ。自身の権限を強めるべく仮に金正恩が同世代のブレインで自分の周囲を固め、軍部を掌握したとしても、体制を安定させるためには、さらなる血みどろの戦いが待っている。それは、一族間の骨肉の争いである。
北朝鮮に限らず、古来、為政者の一部は、脅威となり得る自らの肉親を粛清することにより、自らの政権を安定させてきた。彼ら「わき枝」を払わなければ、いつ“一族の血”に目を付けた敵対勢力が荷担し、自らを脅かす存在にまで成長するかわからないからだ。
かつての金正日もそうした争いを経て権力を盤石なものにした。そのひとつが異母弟・金平一との権力闘争である。
金日成とその2番目の妻・金聖愛の息子として生まれた金平一は、「党は金正日に、軍は金平一に」と金日成に言わしめるほど高く評価され、金日成の有力後継候補だった。金正日はそのことを強く妬み、金平一の追放にかかった。そして、その権力闘争に勝利すると、1988年に駐ハンガリー大使に左遷したのを皮切りに、現在に至るまで実に23年間もヨーロッパ諸国の大使を務めさせ、権力の中枢から遠ざけた(現在は駐ポーランド大使)。これ以上子供を増やさせないために、去勢手術を受けさせたとの噂もある。
今、その金平一と同じような境遇にあるのがマカオに滞在している金正日の長男・金正男である。2010年9月、金正恩は金正日の後継者としての地位を確定させると、2度にわたって金正男を暗殺しようと計画したが、中国に阻止されたという情報がある。金正日の国葬のために北朝鮮に帰国すれば、2度と出国できないよう拘束されるだろうという見方もあった。
儒教の伝統に従えば、金正恩体制を揺るがす存在として浮上してくるのは、やはり長男である金正男である。現実に2000年頃から金正男が後継者として注目されると、取り入ろうとする幹部が増えたという過去もある。
「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長で朝鮮問題研究者の西岡力氏も今後の台風の目は金正男だと指摘する。
「北の幹部たちは、『本当に正恩でいいのか』『中国が支持しているのは正男ではないのか』という疑心暗鬼でいっぱいだ。2010年9月の代表者会の後に、金正男はこれみよがしに日本のメディアに顔を出し、『父親は正恩への権力委譲には反対だった』と話し、自分は中国共産党に守られているという態度を示している。それは北にも伝わっている」
北朝鮮の幹部の一部には、金正恩体制は長続きしないと見る者もおり、早くも「崩壊に備えて30万ドルは確保しておこう」というのが合言葉になっているという。
北朝鮮が中国という後ろ盾なくして存在し得ない中、若き金正恩が異母兄・金正男と中国の蜜月に疑心や嫉妬を抱き、中国との関係を悪化させようものなら、金正恩体制はさらに弱体化しかねない。そうなれば、父・金正日が利用してきた軍部が、逆に暴走して牙をむき、クーデターや内戦に発展することも否定はできないのだ。
※SAPIO2012年1月11・18日号