2012年は辰年だが、私たちは龍についてどこまで知っているだろうか? 文化、宗教、科学など、多様なジャンルの研究に取り組む、編集工学研究所所長の松岡正剛氏が解説する。
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十二支にはたくさんの諺が、金言苦言としてひしめきあっている。なかで「虎の尾を踏む」と「龍の髭を撫でる」とがほぼ同じ意味の一対をつくっている。いずれも危険なことに手足を出すなという戒めだ。虎の尾は長く、龍の髭はもっと長いので、こんな諺がつくられたのだ。
南方熊楠の『十二支考』では、龍の話は俵藤太が龍宮入りする話題の細部に進むかと思ったとたんに、古今東西の龍造形の比較を縦横無尽にしていくというふうになる。熊楠が広げまくった龍族たちを要約するなど勘弁願いたいが、基本的には西洋風ドラゴンは邪悪な怪物で、東洋風の龍は慈雨をももたらす聖獣だという相場なのである。ただしケルト伝説では龍は大地のエネルギーの象徴になっていて、悪鬼のふるまいはあまりない。
愛媛県肱川町の「風の博物館」は日本で唯一のドラゴンだけで構成された展示室をもっていて、私も感心したことがあるが、そこに集まったドラゴンたちもけっこう美しく、ときに愛嬌さえもっていた。だからドラゴンも龍も、つまりは一筋縄ではいかない幻想力の持ち主なのだ。一世風靡した「ドラゴンクエスト」というゲームの主題がそうだったように、ドラゴンも龍も問題を吐き出していくことで世に君臨できている幻想動物なのだ。
それゆえ東洋の龍が聖獣だといっても、そこにもいろいろなヴァージョンがある。仏教では八大龍王がいるし、インドにはナーガ族と呼ばれる共同体の一族みんなが龍身の持ち主だという伝説もある。蜃気楼を吐き出すハマグリも龍の化身だったのだ。龍は変幻自在なのである。
おまけに龍にはこっそり弱点が隠されていて、その点にまつわる民話や昔話も数多い。何が弱点かといえば、まず水がないとダメ、逆鱗に触れられるといけない。鋭い爪に挟んだ玉を落とせば、天から転げ落ちていく。
愉快なのは瓢箪に向かわれると、手もなく吸い込まれてしまうという弱点だ。この弱点は三蔵法師玄奘が西域で発見したということになっている。逆に龍の力がほしいのなら、今年はまずは瓢箪を入手してみることだ
※週刊ポスト2012年1月1・6日号