最近、自分を追い詰めている人が多い。「もっと頑張らないといけない」「もっと成長しなくては」、と。だが、精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、頑張り過ぎずにほどほどに生きる「ほどほど論」を提唱する。香山さんに聞く「ほどほど論」の最終回をお届けする。(聞き手=ノンフィクションライター・神田憲行)
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香山:最近思うのですが、日本人の「人生の成功モデル」が貧弱すぎる。
――というと?
香山:大きな収入を得ることしかない。私の診察室には、経済的に成功を収めても家庭が崩壊し、「こんなことなら平凡な人生の方が良かった」とため息つく人が少なからず来ますよ。
この間ラジオ番組を製作している人と話をしたんですが、その番組は夕方の5時半に流れるんだそうです。「主なリスナーは主婦ですか」と訊ねると、「いえ地方では5時に仕事を終えて5時半には帰宅しているビジネスマンの男性も多いんですよ」とおっしやっていました。
東京で働くビジネスマンより、家族と過ごす時間が一日で5時間も6時間も多いのではないでしょうか。もちろん5時半に帰宅できる人にも悩みはあるでしょう。でもそれでそこそこの安定した生活が送れるなら、それも「成功」と考えて良しとすべきではないでしょうか。
――価値観の多様性ですね。
香山:そう。いま企業では「ダイバーシティ(多様性)」が盛んに唱えられて、働く人の男女、国籍、年齢層の幅を広げる動きが出ています。多様性を確保することで企業に活力を与えようとするものです。しかし実態を見てみると、極端な成果主義で縛り付けているケースも多い。働く人を多様化しても、評価する基準がひとつだけだと何の意味もない。
産業医の方に聞くと、優秀な企業になると「部下の面倒見だけが良い上司」とか「底抜けに明るいだけが取り柄の社員」という人たちが必ず確保されているそうです。会社が成績だけで社員を判断しない。そういう会社だと鬱病を発症しても、休業したあと無事にまた会社に戻って仕事が出来る。
活力ある企業とは本来こうあるべきではないでしょうか。求められるのは「人のダイバーシティ」だけでなく、「価値観のダイバーシティ」です。
――香山さんの「人生をほどほどに生きていく」というほどほど論も、人生の価値観を多様化することですね。
香山:ある本で80代の方が、「ここまで生きてきて振りかえると、良い人生も悪い人生もなく、目の前にあるのは普通の人生だ」と書かれていました。私にはその言葉が、「人生を全力で生き抜け」とかいうスローガンより、リアルに響いたんですよ。
人を羨んだり、羨ましがれたこともあるでしょうが、ならせばどの人の人生もそうは変わらないんですよ(笑)。みんな変わりなく、普通の範囲内で収まる人生でいいじゃないですか。(了)