今年は選挙の年になると予想されている。本稿で述べるように、民主、自民という「2大政党」が国民に愛想を尽かされる結果になるだろう。そしてまた、「政界再編」と大メディアは大騒ぎだ。彼らほど、政策より政局好きな連中はいない。それがメシの種だから仕方ない面もあるが、それ以上に、彼らこそが旧体制に胡坐をかいて生きてきたから、本当の政策論争や改革が起きることが嫌でたまらないのだ。
しかし、ただ再編が起きればいいものではない。今度こそ、真に国民の声を反映する政権ができなければならないし、そのためには政策で一致した真の政党が作られなければならない。
第三極だ、小沢新党だというバカ騒ぎは、高級な大メディアに任せておけばいい。国民に必要なのは、政治家と政党の真贋を見極める指標である。2つある。
第1は簡単だ。旧体制の総元締めである「霞が関」と対峙できる政治家、政党であるかどうか。
口先に騙されてはいけない。このご時世、「脱官僚」とか「行政改革」をいわない政治家はゼロといってもいい。しかし、現実に霞が関に取り込まれない意思と能力を兼ね備えた政治家は極めて少ない。「意思」は、ある程度わかる。公約を平気で破る与党議員の多くは、政権に就いてから官僚の「囁き」で寝返った者がほとんど。すべて失格だ。
自民党をはじめ野党議員も、では与党の時に何をやっていたか、有権者は忘れてはいない。
難問が「能力」である。例えば、官僚に取りこまれて大増税に突っ走る安住淳・財務相は、あるキャリア官僚に、オフレコ懇談でこう評されていた。
「アイツはなかなかいい。菅のように知ったかぶりはせず、“俺は財政なんかわからない。閣内にあって国対(国会対策)をやる”と開き直っている。見た目も性格もカワイイもんだ」
また、年金カット、医療費負担増に突き進む小宮山洋子・厚労相に対しては、同じ凌雲会(前原グループ)の重要閣僚が、こんな辛口コメントを発する。
「明らかに、脳みそのキャパ(シティ)を超えた仕事を任されてパニックになっているな。アレと(問責決議案を出された)山岡(賢次・国家公安委員長)が内閣のがんになるだろう」
そういう実力のほどは、政治家のきれい事ばかりの演説や、官僚に振り付けされた国会答弁、大甘質問しかしない記者クラブの会見やテレビ討論番組では、国民に見えないところが厄介である。本人の「著書」さえ、実際には官僚が知恵をつけ、御用学者が代筆しているケースが多い。
究極的には本人の見識や知性を注意深く見定めるしかないが、案外、隠せないのが「勉強の痕跡」である。例えば政治資金収支報告書を見るだけでも、選挙用ではなく政策ブレーンとなるスタッフをどれくらい抱えているか、政治資金パーティでない本当の勉強会をどれくらい開いているか(ホテルの宴会場なら資金パーティだ)、などを推測することはできる。
そして、第2の指標が「アメリカ」である。かつて、保守=自民党=親米、革新=社会党・共産党=反米という55年体制(あるいは東西冷戦)の時代は、対米姿勢が「何を示すか」がわかりやすかった。
今は違う。冷戦構造がなくなって日米同盟の質が変化したのと呼応し、国内政治においても、55年体制が崩壊し、対米課題は多様化している。いまだにその変化に対応できず、親米ならば「保守」、反米ならば「リベラル」と単純化したがる評論家やメディアも多いが、アナクロニズムも甚だしい。
いまや対米依存が日本の安全保障の唯一の道であるというのはフィクションだし、“東側”であった中国やロシアは、日本の頭越しにアメリカと経済協力、軍事協力を推し進めている。日本の「親米保守」は20年以上も思考停止したまま世界から取り残されている。
逆に、保守本流の家系、政治経歴を持つ鳩山由紀夫・元首相や小沢一郎・民主党元代表らが「脱米政治」を主導しようとしたことも注目に値する。自民党のなかにも、対米依存ではない国際関係を模索する動きがわずかながら出ている。
そう見ると、「霞が関」と「アメリカ」は、実は同根の政治的資質に発する相似形の問題だとわかる。つまり、戦後、約半世紀にわたって日本が政治的に無策であっても経済発展だけに注力していればよかった時代に、政治家に代わって日本の舵取りをしてきたのが、まさに霞が関とアメリカだったのである。国内政治は霞が関の、国際政治はアメリカのいうことを、そのまま右から左に流していれば政治が成り立ったというのが、自民党を長期政権たらしめた基本構造だった。
そして、その構造が行き詰まった結果が、出口のない不況であり、待ったなしの財政危機であり、国民背信の増税・年金問題なのである。だからこそ、「どう改革するか」という前に、現在の「霞が関と政治の関係」「アメリカと日本の関係」をア・プリオリに肯定する政治家は、少なくとも改革を求める国民にとって期待できる人物ではない。
●レポート/野上忠興(政治ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2012年1月13・20日号