年金の受給開始時期をめぐって、今や繰り上げが得だ!いや、繰り下げだという議論が盛り上がっている。
しかし、「年金博士」として知られる社会保険労務士の北村庄吾氏は「得か損かは、加入者一人ひとりのライフスタイルや資産、あるいは家族構成などによって違ってきます。単純な二元論で判断しないで、自らの老後の生活設計を勘案しつつ、繰り上げか繰り下げかを選んでいくべきです」と述べる。
繰り上げ、繰り下げを考える上で大きなポイントは、定年から65歳までの「収入の空白期間」だ。この5年間に対する不安は大きい。しかも、繰り下げればこの空白期間はさらに長くなる。安定的な定期収入を得られる「繰り上げ」の魅力はそこにある。
だが、北村氏はこう語る。
「支給開始65歳引き上げに伴う高齢者雇用安定法の改正で、定年後に再雇用する企業は少しずつですが増えています。再雇用や再就職の目処があれば、65歳まで働いて繰り下げを選択するべきです」
厚労省の「高齢者雇用状況調査」によれば、再雇用者の賃金は「定年直前の6~7割」が一般的だ。退職時の月給が40万円とすると、再雇用後は24万~28万円。月給と毎月の年金額が一定額を超えると年金受給額がカットされる点に注意が必要だが、年金受給が65歳支給となる世代(現在50歳以下)であれば、再雇用で厚生年金に継続加入して、老後の年金額アップに励むほうが得といえそうだ。
高齢者の収入源は「公的年金」(66.3%)と「仕事収入」(24.3%)で9割を占める。その他は資産運用の利子、配当や家賃収入などの「財産収入」(2%)、「子供からの援助」(1.9%)と少ない。
しかし、公的年金だけで老後の生活を支えるのはほとんど不可能。また、昨今の雇用環境を考えると60歳を過ぎての再就職は厳しい状況にある。そのため、こうした「年金以外の収入」を充実させる必要があるだろう。
現役時代の預貯金や退職金を投資で殖やすばかりでなく、子供が独立して広くなった持ち家を貸し出し、自分たちは安い賃貸に入居する形で定期的な収入を得るケースも増えている。
「公的年金で足りない分をカバーする中心となるのは、『401k(確定拠出年金)』と『個人年金保険』などの私的年金です」(北村氏)
「401k」は毎月一定額を金融機関に払い込み、その運用によって受け取り額が変わる年金制度。「個人年金保険」は生命保険各社が販売するもので、保険料を毎月払い込むとあらかじめ決められた年金額を受け取れる「定額型」が主流となっている。受け取り方は「確定年金」「終身年金」など商品によってさまざまな設定がある。
「現役時代に積極的に運用して年金を増やしたいなら401k、元本を減らさずに手堅く年金額を上乗せしたいなら個人年金保険が向いているといえます。
個人年金保険の場合、年金の受け取り方法は5年、10年、15年の確定年金を選べる商品が多い。60歳からの年金空白期間を5年確定で選択すれば繰り上げを回避できますし、60~70歳の期間を10年確定タイプで生活費を賄えば、公的年金を70歳まで繰り下げて受給額の大幅アップを狙えます」(北村氏)
こうした収入を確保できれば、空白期間を公的年金に頼らずに済むケースも出てくる。
「もちろん、年金以外の収入が十分でない場合は繰り上げで空白期間を穴埋めする必要があります。しかし、定年までの期間に余裕があるならば、そうした収入の目処をつけ、繰り上げを避ける方向で検討したほうがいいでしょう」(北村氏)
※週刊ポスト2012年1月13・20日号