ライフ

日韓歴史共同研究の難しさや両国の越えられぬ溝を描いた書

【書評】『国家と歴史』(波多野澄雄著/中公新書/924円)

【評者】山内昌之(東京大学教授)

* * *
隣国と共通の歴史認識と共通の教科書を何故もてないのかという声をよく聞く。しかし、国家と歴史との関係はそれほど単純なものでないことを本書は教えてくれる。戦争や植民地支配だけの問題ではない。体制の異なる国では歴史を共有することがそもそもむずかしいのだ。

日中歴史共同研究に参加した筆者は、歴史認識の共有が望めなくても、誤解や先入観、偏見に基づく誤り、あるいは誇張されて伝えられる歴史を排除し、正すことで不必要な摩擦を避けられると主張する。同じ共同研究に加わった私もまったく同感である。

また、日中戦争の不幸な時期を除けば圧倒的に長い友好と交流の時代を冷静に見つめ直すことで、「日中の歴史的な存在意義や分かちがたい関係を確認する」という見方も正しい。

日韓歴史共同研究の難しさは、日中関係とはまた異質なものである。教科書問題と切り離して共同研究を進めようとする日本側と、教科書記述の是非を争点とする韓国側の認識は、研究と教育、学問のあり方と国家の規制原理をめぐる日韓の立場の違いでもあったからだ。そもそも歴史教育を「愛国主義教育」や国家観涵養の場ととらえる中韓と、完全な検定制度で自由な歴史記述を教科書に認める日本との間には、越えがたい溝がある。

それにしても、平和国家論を表でふりかざした戦後日本は、過去の戦争評価について公的検証や説明を避けてきた。こうした政府の態度は、公的な慰霊や顕彰の対象は誰なのか、国家補償すべき真の戦争犠牲者が誰なのか、戦争責任者とは誰なのかについて曖昧なままにしてきた。

明確な答を避けたままに、公務に殉じた日本人への償いを優先した歴代政府の立場では、たとえ平和国家論を前面に立てようとも、対外的理解を得られなかったという著者の指摘は、大いに説得力に富む。透徹した歴史観と堅固な実証性が結びついた現代史の力作である。

※週刊ポスト2012年1月13・20日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・“最上あい”こと佐藤愛里さんが刺傷され亡くなった。送検される高野健一容疑者(左・時事通信フォト)(右が佐藤さん、Xより)
〈シンママとして経済的に困窮か〉女性ライバー “最上あい”さん(22)、高野容疑者(42)と出会った頃の「生活事情」 供述した“借金251万円”の裁判資料で判明した「2人の関係」【高田馬場・刺殺事件】
NEWSポストセブン
米津玄師の新曲MVに出演した羽生結弦(米津玄師の公式スタッフのXより)
羽生結弦、米津玄師との“奇跡のコラボ”で見せた4回転ルッツ 着地失敗で封印したジャンプが仙台で復活、より強くなる“災害に対して祈りと希望を届けたい”という気持ち
女性セブン
角田信朗が再婚していた
格闘家・角田信朗が再婚していた!「本当の意味でのパートナーに出会えた」「入籍はケジメです」お相手は23歳年下の“女将さん”
NEWSポストセブン
田村容疑者のSNSにはさmざまな写真が公開されている
「死者のことを真摯に思って反省しているとはいいがたい」田村瑠奈被告の父に“猶予つき判決”も、札幌地裁は証拠隠滅の可能性を指摘【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・最上あいさんが刺傷され亡くなった(左・Xより)
〈オレも愛里なしじゃ生きていけない〉高田馬場刺殺事件・人気ライバー“最上あい”さん(22)と高野健一容疑者の“親密LINE”《裁判資料にあったスクリーンショット》
NEWSポストセブン
体調不良を理由に休養することになったダウンタウンの浜田雅功
《働きづめだった浜田雅功》限界だと見かねた周囲からの“強制”で休養決断か「松本人志が活動再開したときに、フル回転で働きたいからこそ」いましかないタイミング
女性セブン
いまだ精神鑑定が続く、瑠奈被告
《すすきの頭部切断事件》現場のホテルが格安で売りに出されていた 肝試し感覚で利用者増加、当該の部屋には「報道にあったお部屋です」の説明文
女性セブン
ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・最上あいさんが刺傷され亡くなった(左・Xより)
《生々しい裁判記録》「3万円返済後に連絡が取れなくなった」女性ライバー“最上あい”さん(22)と高野健一容疑者の出会いから金銭トラブルまでの全真相【高田馬場刺殺事件】
NEWSポストセブン
渡米した小室圭氏(右)と眞子さん(写真/共同通信社)
「さすがにゆったりすぎる…」眞子さんが小室圭さんとの買い物で着ていたロングコートは5万6000円の北欧の高級ブランド「通販で間違えて買った」可能性
NEWSポストセブン
2023年12月に亡くなった八代亜紀さん
《没後1年のトラブル勃発》八代亜紀さん、“私的写真”が許可なく流出する危機 追悼CDの特典として頒布予告、手がけるレコード会社を直撃
女性セブン
ライブ配信アプリ「ふわっち」のライバー・最上あいさんが刺傷され亡くなった(左・知人提供)
「顔中血まみれ、白目で、あまりに酷くて…」女性ライバー“最上あい”さん(22)の“事件動画”の目撃証言と“金銭トラブル”の判決記録【東京・高田馬場で刺殺事件】
NEWSポストセブン
おもてなし計画を立てる大谷翔平(写真/アフロ)
【メジャー開幕戦】大谷翔平、日本凱旋でチームメートをおもてなし計画 選手の家族も参加する“チームディナー”に懇意にしているシェフを招へいか、おすすめスポットのアドバイスも
女性セブン