経済的には困窮しながらも核兵器を交渉材料にして、大国と渡り合ってきた独裁者の突然の死。金正日の死去により中国はどう動くのか? ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、こう分析する。
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中国の最大の目的は、北朝鮮の体制を維持し、最悪の場合、彼らが300万人とも見積もっている難民の流入を防ぎつつ、北朝鮮に自らの実質的支配を打ち立てることです。別の言い方をすれば、米国と韓国の影響を北朝鮮には及ぼさせないことです。
万が一、米韓の力が北朝鮮に及ぶような場合、中国は軍事的に介入すると考えるべきです。一番緊迫した事態は、中国軍の北朝鮮侵攻のシナリオです。
名目はどうとでも作れます。例えば平壌で暴動が起きた、難民が続々と国外脱出するなどです。「北朝鮮国内の治安維持に力を貸す」という名目も立つでしょう。中国は日清戦争での敗北が清朝中国の滅亡を招いたこと、それは朝鮮半島問題が原因だったことを忘れていないはずです。
だからこそ、中国は金正日の死後、国境地帯に約2000人の兵力を派遣しました。さらに3万人にまで増強すると言われています。
中国は2000年代のはじめから、いざとなれば武力で北朝鮮を支配する態勢を整えてきました。北朝鮮との国境につながる道路は戦車が通れるように完全に舗装され、国境の川である鴨緑江にすぐにいくつもの橋がかけられるよう、複数箇所に建設資材が置かれていることも確認されています。
もちろんそれを実行すれば国際社会の非難を浴び、経済にも大きな影響を及ぼしますから、表立って武力を使うことなく、硬軟使い分けて北朝鮮をからめとっていきたいのが本音でしょう。それでも必要とあれば武力を行使する。そのことを決して忘れてはなりません。
2003年頃から中国は「高句麗は中国の一地方政権だった」と主張し始めました。かつての高句麗は北朝鮮の領土とほとんど重なります。中国東北部の研究(中国では「東北工程」と呼びます)という形をとりつつ、「北朝鮮はもともと中国の領土だ」という理論を捏造し、北朝鮮占領を正当化するための伏線を張っているのです。
中国はすでに北朝鮮から日本海に面した羅津港を60年間租借し、日本海に直接出て行ける港を確保しました。中国の船は黄海から日本海に出て、朝鮮半島を西から東へぐるっと回って羅津港に入る。そこから津軽海峡を通って、太平洋やオホーツク海へ出て行っています。地球温暖化で北極の氷が解け、北極海航路が開かれた時のことを考えても、羅津港は中国にとって極めて重要な拠点です。
さらに北朝鮮は豊かな鉱物資源を有していますから、地政学的にも資源の面から言っても、中国が北朝鮮を手放すことは考えられません。また、前述のように、歴史を振り返れば、朝鮮半島を制するか否かは中国の命運を決定してきました。中国は朝鮮半島の重要性を肝に銘じているはずです。
あわよくば韓国を含めた朝鮮半島全体を自らの影響下に置きたい、かつての朝貢国のようにしたいというのが中国の思惑なのです。
中国は朝鮮人民軍にもパイプを持っています。もし金正恩が思い通りにならない場合、軍内部の反正恩派を軸に、権力を実質的に掌握する可能性さえあります。
中国への警戒心を強めているロシアも、前述のように金正日と首脳会談を行ない、北朝鮮経由で韓国にガスパイプラインを引く計画を進めるなど、極東において中国への対抗姿勢を示し始めています。北朝鮮が完全に中国に呑み込まれないよう、北朝鮮へのアプローチを強めるはずです。
北朝鮮の資源や権益をめぐる極東アジアの両者の争いは、今後、非常に激しくなることが想定されます。
※SAPIO2012年1月11・18日号