「崩壊した北朝鮮を中国が乗っ取る」「金正日の長男・金正男を担ぐ」――それは本当なのか? 不思議なことに、日本でかまびすしいこんな話が肝心の中国からは一切聞こえてこないという。ジャーナリストの富坂聰氏が解説する。
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昨年十二月十九日、金正日死去という一報が世界を駆け巡った。この衝撃的なニュースを受けた各国の反応を見て、よく分かったことがある。
それは韓国や中国など北朝鮮情報に強いとされてきた国々でさえ、独力でこの情報をつかむことも異変を察知することもできなかったという事実だ。これは裏を返せば、北朝鮮の情報管理が徹底していたことを意味し、ガバナンスの堅ろうさを証明してことでもある。
安全保障の大半を北朝鮮情報においている韓国にとって国家情報院の今回の空振りは深刻だが、その下流で国情院情報を垂れ流す日本のメディアはもはや論外だ。金正日亡き後の北朝鮮が「崩壊ありき」でこの混乱に乗じて「中国が乗っ取る」というシナリオで論まで展開されている。しかも中国が個人的に太いパイプのある金正日の長男・金正男を担ぐというのだ。
それは本当なのか? 不思議なことは日本でかまびすしいこんな話が肝心の中国からは一切聞こえてこないことだ。
中国と北朝鮮の間には一定の緊張感があり、金正恩への権力移譲に際して中国にさまざまな配慮を見せてきた北朝鮮である。中国がもし本気で北朝鮮を傀儡にしようと考えるならば、北朝鮮の現状に乗っかれば良いだけの話で、わざわざ摩擦を起こすような対抗馬をゼロから担ぐ必要がどこにあるのか。
しかも長男・金正男を担ぐ背景には、北朝鮮の権力内部に不協和音が存在するという。であればなおさら不安定な政権は中国のバックアップに依存するはずだ。つまり、中国はぜい弱(実態はそうだとは思わないが)な現政権を金銭的に支援すれば事が足る話であり、金正男を担ぐ必要はない。
第一、中国が本格的に国際社会を敵に回して北朝鮮を手に入れるメリットはどこにあるのか。一か八かの賭けをした結果、朝鮮半島がすべてアメリカ(韓国かもしれない)の影響下にはいってしまうかもしれない、そのリスクを冒すのか。
中国の視点で見たとき、朝鮮半島の半分を支配する国が「少々扱いづらい」にしても、朝鮮半島に統一された人口八千万人の核武装国ができあがることに比べれば、現状維持のメリットのほうが大きいと見るのが自然ではないのか。それとも、日本ではそうした常識は通用しないものなのだろうか。