サウナ風呂や銭湯に行っても税金はかからないが、温泉に行くと「入湯税」がかかる。野球やテニスやサッカーをしても税金はかからないが、ゴルフをすると「ゴルフ場利用税」がかかる。そうした日本の税制の根底にあるのは「カネ持ちから取れ」という“ジェラシー動機”だ。つまり税務当局が、温泉やゴルフは贅沢だから税金を取ってやろうという発想がある。その最たるものが相続税に他ならないと大前研一氏は指摘する。
* * *
“ジェラシー動機の権化”が相続税である。あいつはろくに仕事もしていないのに親の遺産で高級外車を乗り回している、という類のジェラシーが背景の税金なのだ。
相続税は、資産家の家族に大きな不幸を生み出している。たとえば、日本を代表する高級住宅街だった東京・田園調布は、今やチープなマンションやアパートがあちこちに建ち、かつての瀟洒な街並みの面影はなくなっている。地価が暴騰したバブル期、田園調布の住人の多くが“節税アドバイザー”の口車に乗せられ、相続対策として多額の借金をして自宅の敷地にマンションやアパートを建てた。
ところが、父親が死んだ時には地価が暴落していたため、2代目の多くがマイナス資産(借金)を相続することになり、それを誰が背負うかで兄弟喧嘩が始まるという悲惨な状況になったのである。
その一方で、農家は相続税が免除されている。子供がサラリーマンでも、相続してから30年以内に農業を始めれば、相続税は払わなくてもよいということになっている。農家に相続税を課したら田畑を売らなければならなくなり、農業が崩壊して食糧自給ができなくなるという理屈らしいが、実際には今や農家の7割以上が兼業農家で、その収入の9割が農業以外と言われる状況になっている。つまり事実上、日本の農業はすでに崩壊しているのだ。農民が減らない理由は、農業を建前だけでもやっていると税制上のメリットが大きいからである。
漁業も実態は似たりよったりだ。農民や漁民も資産課税(*1)と付加価値税(*2)の対象とし、職業選択で税制上の不公平が出るのは無くす。しかし、生活が成り立たないと言うことであれば生活保護の対象にする、というのが私の基本的考え方である。資産課税にすれば相続税も贈与税も不要になるので実際には農地を手放す人が多く出てくるだろう。これを企業が買ってやるか、若い人が参入する、という効果も期待できる。
妻であれ子供であれ、或いは愛人であっても、相続をした人は毎年時価に比例した税金を払わなくてはならないので資産課税という税制は「世代交代に対してニュートラル(中立)」である。ちなみに世界の先進国では、イタリア、カナダ、オーストラリアなど17か国が相続税を廃止している。台湾も最近法人税を17%に引き下げると同時に相続税を廃止した。香港、シンガポール、中国を意識した企業の奪い合い、金持ち華僑の奪い合い、のすさまじさを感じる。「YOKOSO日本」といって海外では宣伝しているが、少なくともそこに住む大多数の人(サイレントマジョリティ)が日本政府に歓迎されている、ということは税制上はない。
税金を付加価値税と資産課税の2つだけにして、現行の税金を全部廃止すると、税制上の不公平・不平等が一気に解消できるのだ。そうなれば職業選択上の差別も、貧富の差も制度上はなくなる。資産をもっている人がそれでイヤなら売ればいいだけのことであり、それが安くなれば若い人達にも資産をもつ機会がやってくる。
*1:資産課税 個人・法人の金融資産と不動産などの固定資産に課税するもの。日本の個人部門の金融資産は約1400兆円から借金を差し引いた正味の約1000兆円、不動産資産は約1500兆円と言われているから、税率を時価の1%と設定すれば、税収は年間約25兆円になる。
*2:付加価値税 最終的な消費に対して課税する消費税と異なり、経済活動に伴って発生する付加価値(売価から仕入れ原価を引いた金額)に対して、すべての生産工程で一律均等に広く薄く課税するもの。納税者は消費者だけではなく、価値を創り出した法人や事業者も含まれる。税率を現在の消費税と同じ5%とすれば、日本国内で生産される付加価値の総額であるGDPが約500兆円だから、税収は年間約25兆円になる。
※『サラリーマンのための安心税金読本』(小学館)より