「ムヒ」といえば、夏の商品のイメージがあるが、実際は乾燥からくるかゆみを抑える「ムヒソフト」、指のひびをケアする「ヒビケア」、そして足のひびをケアする「ヒビケアFT」という「冬にもMUHI」の3商品が冬の主力として存在する。ムヒを製造する池田模範堂の池田欣史専務に、失礼ながら「昔は冬に何をやっていたのですか?」と聞いてみた。以下、池田氏の話である。
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「冬にもMUHI」というCMを今OA中ですが、多くの人から「意外でした…」と言われます。やはり、ムヒといえば、夏のかゆみ止め薬のイメージが強いのでしょうね。そして、同様に聞かれるのが、「御社の社員は冬に何をやっているの?」ということです。
私が入社する前の話を聞いてみると、機械の整備、掃除ばかりやっていたそうです。でも、さすがにそればかりやっていても面白くない――ということで、多角化を考えたようです。多角化の中で、ひとつ考えたのは、ジュースとかジャムの製造です。富山に池田果樹園という場所がありますが、初代の社長が60歳くらいで会社を私の父親に譲り、果樹園の園長をやり、リンゴ、ブドウ、柿を作っていたのです。
それらの一部を贈答用にし、お中元、お歳暮などで送っていたのですが、段々と商売っ気が出て、富山空港や料亭などに卸すようになりました。結局、自分のところの果樹園では足りず、山形などから果物を仕入れ、冬場暇な人用の仕事としていた時期もあるようです。仕事内容といえば、リンゴの芯抜きや、皮むきなどでしょうか。
あとは、介護機器を作っていたこともあります。とにかく商売のネタを探して来い、という風潮があり、介護機器、機能性食品、自衛隊向けの迷彩スカーフ、虫除けスカーフ、競馬協会にウレタンフォームの脊髄を守るものを作ったりしました。ニーズがあるところに対し、なんでもかんでも手を付けたといって良いかもしれません。
大体、夏場だけで商売は終わっていたのですね。8月くらいになると、夏場の生産は止まっていました。富山ですから、田んぼ持ちの従業員も多いので、10月とかになると、会社を休んで農作業をしていたりした。でもね、当然、医薬品ラインが空いているので、そういう空いている期間を埋めるような商品があった方がいいのは間違いないんですよ。それでも商品を出せない時代が続いていました。
現在、冬物の柱である「ムヒソフト」は発売開始から16年が経ちました。池田模範堂100年の歴史のうち、80年くらいは夏だけ稼働していました。冬は、工場にいなかったので、従業員の気持ちは語れませんが、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。暇で苦しかったのではないかと思います。
従業員をパートにすればよかったかもしれませんが、前の経営者は「医薬品を作るには、教育された人が最後の最後まで、責任もって品質管理をしなくてはいけない。手足だけあればいいってことではない。人を切ったりしたら品質管理ができない」という考えを持っており、従業員は正規社員であることを基本としていました。まぁ、夏場だけで十分潤うような商売をやっていたわけであくせくする必要がなかったというのが本当のところでしょうか。
ただし、冬に仕事がないため、商品開発をするために入ってきた人にとっては「事業領域を拡大しよう」という気持ちになるのです。
そこで、ムヒのブランドを使い、次に何ができるか、ということを考えました。出た答えは、「かゆみ」という領域でアイディア提案をし、冬場の乾燥によるかゆみをどうにかしようということでした。そちらの1つの選択として、開発したのがムヒソフトです。
ただ、「冬場のかゆみ」というものは、虫刺されではないだけに、ムヒのラインナップとしてはありえませんでした。そこで、考えを「かゆみを科学するのがムヒである」という方向に持っていくことにしました。
そもそも、冬場に売る商品があまりなかったのですね。いや、冬場にも商談できるきっかけとして、「アンパンマンシリーズ」という商品群がありましたが、ムヒソフトを発売して以来、冬場に本格的に入っていけるようになりました。やはり、この市場にどっぷり入っていくと、冬場の商材って色々あることが分かるのです。
一品目だけを武器に話をしていくと、商談相手は私達を一品目だけのメーカーとしてしか見てくれません。競合は何種類も、何カテゴリーも持っている方が発言力が大きい。一品目だと、「そんな、大々的に棚をあげるわけにもいかないよ」と言われてしまいます。
だからこそ、拡大していこう、という指向性を持って、商品開発をすることになったのです。それ以前は悲哀を感じていましたよ…。夏は、フルラインナップがあるため発言力がありましたが、冬にも何かできないかな…という寂しさを感じていました。その結果、冬のヒビを治癒する「ヒビケア」が完成したのです。
乾燥肌のトラブルの中でも、冬の「かゆみ」「ひび」と分けることができるようになりました。ムヒソフトと共通の「冬の肌ケア」というコンセプトを持ったうえで、池田の冬場のアプローチを単品よりも、2品、3品と広げていくことで、商談もうまくいくようになりました。
現在、夏と冬の売上比は6:4くらいになっていますよ。いや、もちろん売れる個数は夏場の方が圧倒的に多いのですが、ひとつ398円とか498円なわけです。でも、ヒビケアは15gで1280円するだけに、金額では末端で6:4くらいになっているのです。
あと1、2品目を加えれば、5:5になるかもしれませんよ。そうなれば、流通から「池田模範堂は冬も大きくなったね」と言ってもらえるようになります。早いうちに、フィフティーフィフティにもっていこうと思っています。