北朝鮮では、金日成の生誕百周年となる2012年を『強盛大国の大門を開く年』と位置づけ、それに向けて昨年来、ピョンヤン市内に大規模な高層住宅の建設を進めてきた。
機械がなく人海戦術に頼るほかないため人手が足りず、ピョンヤン市内の大学生が大量動員されることになった。学生たちが作業に不慣れなことに加え、建物の機材や資材が不足し、安全管理も不徹底だったことから、建設事故が多発したのだ。
特に昨年11月28日頃、金日成広場から北北東約900メートルで発生した事故では、足場の木材が大規模に崩落し数十人が死亡する大惨事となった。これをきっかけに、大学生らの不満が爆発。学生の一部が暴徒化したため、ついには朝鮮人民軍が出動し、武力鎮圧する事態となった。12月1日までに建設事故の死者数は累計200人以上、けが人を合わせた死傷者は600人前後にも上る。
武力鎮圧に成功したとはいえ、この事件は金正恩体制にとって最大の波乱要因となりかねない。
軍事評論家の潮匡人氏はこう指摘する。
「暴動がもし事実だとしたら、これまでの抑制システムに綻びが出ている可能性が濃厚です。金正日死亡が発表された日に当局が民衆に対し、『追悼献花時以外は、5人以上で集まるな』と指示したことが報じられましたが、そういった指示や密告制度で制御する仕組みがあったから、これまで民衆は、不満があっても声に出せなかった。
しかし、金正日の葬儀パレードでは、遺体を積んだ霊柩車が通り過ぎると、それまで大泣きしていたはずの人民が、背中を向けて帰り出す姿が映ってしまっていた。父の金日成死亡時にはあり得なかった光景です。翌日からその映像は流れなくなったが、そういった場面を見ると、体制の綻びを感じます」
北朝鮮情勢に詳しい宮田敦司氏は、「事実だとすれば、北朝鮮情勢が新たな段階に入ったということ」とした上で、こう予測する。
「今後、予想されるのは貧困にあえぐ人民に加え、軍の末端兵士などが上の命令に逆らい始めることです。軍では将校が食料を横取りするため、末端兵士には配給されていません。金正恩が後継となって統制が利かなくなったいま、そうした不満を持った下位層が暴徒化する可能性があります」
専門家たちは、北朝鮮崩壊の鍵は「携帯電話」だと口を揃える。北朝鮮ではこれまで厳しい監視のもと、民衆が連帯することは不可能だった。ところが近年、中国との国境付近では携帯電話がつながるようになり、脱北の手引きに利用されている。携帯電話の普及は爆発的に進んでおり、政府の脅威となりつつある。
日本のある官庁で情報分析を担当する官僚はこう指摘する。
「このまま政府が携帯電話をコントロールできなければ、これらを通じて民衆が連帯し、金正恩体制を崩壊させる『北朝鮮版ジャスミン革命』につながる可能性がある。特に金日成が生誕百周年を迎える今年4月は危険なタイミングだと見られている」
※週刊ポスト2012年1月27日号