張海星氏(66歳)。金日成総合大学を卒業後、朝鮮中央放送に入局。政治部記者やラジオドラマの作家として活躍したエリートである。1996年に脱北後、韓国国家情報院傘下の韓国国家安保戦略研究所の研究委員を務めたが、脱北者の発言は太陽政策を掲げた金大中、盧武鉉政権下で厳しく制限されていた。そんな張氏が今回『SAPIO』の長時間インタビューに応じ北朝鮮の看板アナウンサーの秘話を明らかにした。そう、北朝鮮にとって大事なできごとがあった際、抑揚のついた声で人民を鼓舞すべく、時には涙にむせびながらニュースを読むあの女性についてだ。
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金正日死去の第一報を報じたのは朝鮮中央放送の看板アナウンサー、李春姫(リ・チュンヒ)だった。それまで数か月間、テレビから姿を消していた彼女の突然の登場で、ただならぬことが起きたということがすぐに理解できた。彼女の年齢は60代後半で定年退職していたが、金正日の寵愛を受けており、非常時には必ずテレビに出演すると見ていたからだ。
北朝鮮にはいくつかの放送局があるが、特に優遇されているのが朝鮮中央放送のアナウンサーだ。地方では食糧難で餓死者が続出しているにもかかわらず、目を疑うほど裕福な暮らしが保障されている。中でも彼女は、平壌の一等地にある自宅でイタリア製の家具に囲まれながら、何ひとつ不自由なく暮らしていたはずである。
李春姫はもともと演劇俳優を志していた。しかし体型が女優に適さないということで、1970年代初頭にその道を断念し、朝鮮中央放送のアナウンサーになった。夫は最高人民委員会常任委員会の機関紙「民主朝鮮」の記者である。
ある時、彼女は北朝鮮のプロパガンダ放送を担当する朝鮮労働党宣伝先導部の幹部と不倫関係にあると告発され、それが金正日に報告された。こうなると免職されるのが通例だが、金正日は「人間、そういうこともある」と告発をもみ消し、彼女の起用はそのまま続いた。
※SAPIO2012年2月1・8日号