大人力コラムニスト・石原壮一郎氏の「ニュースから学ぶ大人力」。今回はダルビッシュ有選手、浜崎あゆみなど大物の離婚声明文を深読みするテクニックについて学びます。
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「いいこともあれば悪いこともある」という言葉がふさわしいのか、じつは二重の喜びなのか、そのあたりは当人にしかわかりません。ともあれ、日本時間の1月19日朝、ダルビッシュ有投手がアメリカ大リーグ・レンジャーズに入団することが決定し、そして同じ日に紗栄子夫人と離婚したことが発表されました。
ふたりがブログに連名で発表したコメントには、「結婚以来、私たちはお互いの生き方を尊敬し、助け合って暮らしてきました」「それぞれがお互いの人生を見つめ直し、また、相手の人生を思い合った結果、別々の道を歩んでいくのが最善の道だと考えて決断したものです」などと綴られていました。
一般的にこうした“離婚声明”には無難なことが書かれているだけで、誰も真相や本音をぶちまけたりはしません。しかし、無難に書いたつもりでも本音が漏れ出てしまうのが文章というものの怖さ。……という前提で、有名人の離婚声明を勝手に深読みしてみるのも、また一興です。推測が当たっているかどうかは、この際どっちでもかまいません。
ダルビッシュと紗栄子の場合、着目すべきは「それぞれがお互いの人生を見つめ直し、また相手の人生を思い合った結果」という部分。前半も、よく読むと自分ではなく相手の人生を見つめ直そうとしているとも取れます。強引に解釈すれば、お互い、相手には言いたいことがたくさんあるけど、自分自身は反省する気がないってことでしょうか。
また、1月16日にアメリカ人俳優との離婚を発表した浜崎あゆみの場合はどうか。ファンクラブのホームページで、彼女は「身体の距離であればお互いに行き来する事で埋められると思っていたものが、気が付けば心の距離へと変わってしまっており」「彼とのアメリカでの未来が見えなくなってしまったため」などと書いています。
そのほか「結果、彼をひとりにしてしまう日々が」「あの頃の自分には戻れず」など、全体的に人ごとのような書き方に見えなくもありません。行間から「私がわざわざ努力して関係を修復するほどの相手ではない」という本音を読み取るのは、ちょっと強引すぎるでしょうか。
昨今の離婚声明で、ほぼお決まりとなっているのが「別々の道を歩んでいくことに」というフレーズ。ダルビッシュと紗栄子、年末の宮崎あおいと高岡蒼甫、清水宏保と高垣麗子、いずれもこの表現を使っています。さかのぼると、1997(平成9)年に離婚した松田聖子と神田正輝も、離婚声明文で「別々の道を歩く事に致しました」と言っていました。
離婚時における「別々の道を」の定番っぷりを押さえておくと、結婚会見のときに「これからふたりで同じ道を」という定番のフレーズが飛び出したときに、「こいつら、もし離婚することになったら、やっぱり『別々の道を』っていうのかな」などと思って、こっそりニヤリとできそうです。友人や同僚の結婚式のときも、同じように楽しみましょう。