金融業界関係者ばかりか、一般の個人投資家まで、「今日は何が書かれているのか」と目を凝らして読む、話題の経済・金融情報のブログがある。
その名は『日刊闇株新聞』。
「闇から暴く相場の真実」という穏やかならざる副題が付く同ブログは、一昨年10月の開始以来、知名度を増やし、あるブログランキングサイトでは、「株式部門」の第1位を独走している。オリンパスの損失隠し事件では数多くの裏情報を発信。そのことごとくが後日事実であったことが明らかになった。果たしてその「主筆」の正体は――。
金融情報提供会社「カブ知恵」の藤井英敏・代表が語る。
「その人物は、元野村証券社員で投資コンサルタントのA氏というのが業界内の定説です」
A氏は1974年に野村証券に入社。同期には、SBIホールディングスの北尾吉孝・CEOや野村証券の古賀信行・会長らがいる。1987年の退社後は、外資系証券で要職を歴任し、1998年に自ら企業再生ファンドを立ち上げる。
だが、A氏は2009年6月に架空増資事件に絡み、旧証券取引法違反(偽計取引)容疑で逮捕されて有罪判決を受け、現在は執行猶予中の身となっている。
A氏を知る経済ジャーナリストが語る。
「野村証券のエース級が揃った “花の1974年入社組”の中でもエリートの道を歩み、債券部門で常に新たな売買手法を編み出して辣腕を振るった人物です。金融関連はもちろん、芸術など多方面に造詣が深い」
そうであれば野村証券の内部情報に精通するのも道理だ。そしてA氏はオリンパスとも深い関係があるという。
「A氏はオリンパスの損失隠しに荷担した外資系証券に籍を置き、オリンパス事件の指南役となった連中と同僚だった時代がある。A氏自身も企業の損失処理手法を熟知している。しかも、業績不振企業に近づき、マネーゲームを仕掛けるという“グレーな手法”を用いていたといわれる。それが問題になって逮捕された。蛇の道はヘビだ。だから、あれほどグレーな情報に詳しいのだと思う」(同前)
とはいえ、金融の世界で生きてきたA氏が、カネにならない『闇株新聞』をやる目的は何なのか。
関係者を通じてA氏に話を聞いたところ、A氏は自身が執筆していることを認めてこう説明した。なお、A氏曰く、自分が書いていることを公に認めたのは初めてだという。
「生意気なようだが、最近のマスコミ報道にあまり満足していなかったので、自分の経験を活かせる分野で、『思うこと』を書いておきたかった」
――正体を明かしていない理由は?
「深い意味はない。読者に先入観を与えず、あくまで中身だけで評価してもらいたかった」
――どんな記事を書こうとしているのか。
「例えば、ある経済事件の報道が出始めた時、必ず裏には知らされていない“意味”や“意図”が隠されている。それを早く分析して、マスコミ報道とほぼ同時に出すようにしている。それが『オリンパス事件』や『経産省幹部のインサイダー事件(※)』だ」
――とりわけオリンパス事件の分析は核心をついていた。書けた理由は。
「このブログは暴露誌ではないので、いかなる事件も先行して書くことはないが、オリンパス事件は、一部報道が出た瞬間に解説できた。それが可能な情報を私が持っていたから、としかいえない」
――相場予測はしないのか?
「必要だと思うが、容易ではない。ただ、あらゆる状況を考慮して『かなりの確率でこうなる』と思う予測は書くようにしている」
ただし、読むに当たって留意した方がいい点もあると大手証券幹部は指摘する。
「A氏がグレーな増資を持ち掛けて売り飛ばし、食い物にした企業は両手に余る。そうした人物が書く裏情報を面白く読むだけならいい。だが個別銘柄の相場予測が登場した場合は、A氏が個人的な利益のために書いている可能性があると疑った方がいい」
それでもあるデイトレーダーはこういう。
「特に金融に関する情報は、毒にも薬にもならないものが氾濫している。その点、『闇株』は毒かもしれないが、有益な情報が詰まっている。投資家が知りたがっているのは、うわべではないディープな情報なんです」
A氏の経歴や経験、知識から醸し出される「グレーゾーンを嗅ぎ分ける力」が、『闇株新聞』の魅力であり、業界が飛びつく理由のようだ。
※経産省幹部のインサイダー事件:経産省の元審議官が、自らの所属部署が所管する業界企業の未公開情報をもとに株式を買い付け、約230万円の利益を得たとして今年1月12日に東京地検特捜部に逮捕された事件。『闇株新聞』は、疑惑が浮上した昨年7月時点で「捜査には官僚間の暗闘や政治的背景がある」と指摘。元審議官が、菅首相(当時)の太陽光エネルギー推進案に反対したことが捜査の背景にあると言及していた。
※週刊ポスト2012年2月3日号