福島県出身の4人組バンド『猪苗代湖ズ』が紅白で叫んだ歌詞は、多くの人の胸を打った。リーダー・箭内道彦は、広告業界を中心に活躍する47才のクリエーティブディレクター。金髪がトレードマークで、数々の流行を仕掛けてきたその経歴に、郷土愛あふれるイメージはない。しかし、3.11は、「福島嫌い」を公言していた彼の心を大きく揺さぶった。
箭内の母が“3.11”を振り返る。
「ものすごい揺れで、自宅は障子が曲がってかなり壊れました。夜中に息子から“大丈夫?”と電話があり、13日から3日間、東京にある息子の自宅で過ごしました。でも、やっぱり都会は居心地が悪くて、郡山に戻ったんです」
箭内は震災が起こると、すぐに猪苗代湖ズのメンバーや、メンバーの実家の安否を確認した。しかし、ベースの渡辺俊美(45・TOKYO No.1 SOULSET)の実家とだけは連絡が取れなかった。箭内はいてもたってもいられず、12日の朝、『猪苗代湖ズ』と親交の深い福島の地元紙『福島民報』の営業部長・沢井正樹さん(45)に電話をかけた。
箭内:「とにかく、いますぐに福島に行って何かしたいんだ」
沢井:「気持ちはうれしいんですが、いま福島に来ても本当に混乱していて、何もできないと思います」
箭内:「じゃあ、逆に福島には何が必要なのかな」
沢井:「復興のため、これから必ずお金が必要になってくると思います」
大嫌いと叫び続けてきた故郷。でも、その故郷が変わり果てた姿でテレビに映し出されると、箭内の心は激しく揺さぶられたのだ。
3.11後、箭内がとった行動は驚くほど早かった。震災後、初めての平日となる3月14日の月曜日の朝に、箭内は銀行に電話した。
「福島に寄付したい。だから、1億円貸してほしい」
しかし、「寄付のためのお金は貸せない」と断られてしまう。箭内はすぐに次の行動に移り、100%チャリティーで音楽を配信することを決めた。頭には、『猪苗代湖ズ』のメンバー3人の顔があった。
3月17日、関東地方の節電に配慮し、4人は名古屋に集まり、『I love you & I need you ふくしま』をレコーディング。20日からニッポン放送の携帯サイトでこの曲のチャリティー配信を開始した。それはまさに福島への“応援歌”だった。
「あのスピードは、いま考えても本当にすごい。4人全員が『とにかく何とかしなくちゃ』という強い信念を持って集まった。その思いがすべてを動かしていたのだと思います」(沢井さん)
4月になると、箭内はいわき市、郡山市、福島市などの避難所に足を運び、支援物資を届けた。
※女性セブン2012年2月2日号