「17年間偽名で過ごしてきた。偽りの人生は終わりにします」
オウム真理教元幹部で特別手配犯の平田信被告(46)と逃亡生活を続けた斎藤明美容疑者(49)は、出頭に際しこう述べたが、その後発覚した「偽りの人生」の完璧さは、さらに人々を驚かせた。
偽名として使っていた「吉川祥子」の名義で健康保険証を所持していたが、この保険証は偽造ではなく、勤めていた大阪府東大阪市の整骨院が従業員用として申請し、2000年に全国健康保険協会が発行した正規のものだった。
運転免許証と並ぶ身分証として機能する健康保険証が、なぜ偽名で取得できたのか。斎藤が「吉川祥子」として勤め出した当時について、整骨院周辺の飲食店店員はこういう。
「10数年前に“吉川さん”が整骨院で働き出した当初、患者には『家庭内暴力がひどくて、警察に相談して、こっちに避難してきている』と話していたそうです。言葉のイントネーションも関西弁ではないから、『あんた、どこから来たん?』と聞いても、『居場所がわかったら大変だから』といって出身地すら明かさなかった。そういうこともあって、みんな、この人はワケありやからそれ以上のことは突っ込んで聞いてはいけないと思っていた」
このような予防線が功を奏したのか、整骨院も彼女を雇う際、「吉川祥子」として提出された偽の履歴書だけで採用し、身分証や住民票の提示を求めなかった。
整骨院は彼女を正社員にした2000年、保険証の申請を行なっている。
企業などが新たに従業員を雇い、健康保険と厚生年金保険に加入させる際、企業側は『被保険者資格取得届』という文書に記入し、年金事務所に申請する。本人の氏名や住所、生年月日などを記入するだけの簡単な書類だ。「基礎年金番号」を記す欄があるが、〈初めて公的年金に加入する人は記入不要〉なので、空欄で構わない。
意外なことに、この際、年金事務所から本人確認の証明は求められないのである。実際に整骨院から申請を受けた東大阪年金事務所はこういう。
「住民票などの添付書類は特に求めません。本人確認は、雇い入れるときに事業主さんがしっかりされている、という前提で考えているからです。こちらでは、記入漏れがないかなどの簡単なチェックのみをします」(厚生年金適応調査課)
つまり、事業主が本人確認を怠れば、偽名での申請が通ってしまうということになる。
年金事務所から全国健康保険協会大阪支部に書類が回れば、晴れて健康保険証が発行され、年金手帳も手に入る。こうして斎藤明美は、本人が「驚いたことに、もらえちゃったんです」と供述するほど、あっさり「吉川祥子」として健康保険と年金に加入することができたのである。
※週刊ポスト2012年2月3日号