福島第一原発が全電源を喪失し「メルトダウン」した原因は何だったのか。元原子炉設計者でもある大前研一氏は、緊急調査を行ない、「福島第一原発事故から何を学ぶか」最終報告書を細野豪志原発相に手渡した。一連の調査の感想を大前氏が語る。
* * *
実は、私は今回、神様を信じることにした。福島第一原発事故を調査・分析すると、神様が人間の知的に怠慢だったところを知悉(ちしつ)していて、それをすべて潰していったとしか思えないのだ。
まず地震で5系統の外部交流電源を全部破壊・切断し、次に津波で非常用電源を徹底的に破壊した。津波は原発の隅々まで回り込み、地下に設置してあったディーゼル発電機やバッテリーはもとより、山の崖の壁面などに設置してあった電源取り入れ盤も、ことごとく水没させた。人間が考える実験装置では、あそこまで意地悪なことはできない。
原子炉の設計者は、過去に起きた事故のパターンを72通りも学び、そのすべてに厳重な対策を施している。だが、事故というものは、およそ人間が想定していなかった原因で起きている。
たとえば、かつてアメリカのEBR-2という高速増殖炉の実験炉がメルトダウンした事故では、工事業者が原子炉容器の中に残してきたジルコニウム片が、運転を始めたら舞い上がって冷却流路を塞いでしまい、燃料が熔融する事態になった。
今回の福島第一原発事故でも黒い煙が出たが、あれはメルトダウン、メルトスルーが起きて熔けた燃料が格納容器の底に落ち、工事業者が残してきたゴムか、格納容器の鉄板とコンクリートの間にある配管・配線の被覆など炭素を含む不純物が焼けた証拠だと、私は3月19日の時点で指摘し、YouTubeで発表している。それ以外に黒い煙が出る理由はないのだが、原子炉エンジニアたちは、それを頑として認めなかった。
人間の頭で考えた科学物体は、必ずどこかに欠陥がある。なぜなら、科学の世界は演繹法(最初の前提から次の前提を導き、それを繰り返して最終的に必然的な結論を導き出す方法)により、ロジックで考えていくからだ。
しかし、この手法だと想定外の事態には対応できない。演繹法上あり得ないという段階で思考が停止してしまうからだ。福島第一原発事故は演繹法の弱さを露呈した象徴的な例であり、それを補うためには帰納法(いくつかの事例や経験から結論を導き出す方法)で対策を講じていく必要がある。
ただし、それは原子炉の設計指針や設計思想が間違っていたことに頬被りをして高さ20mの防潮堤を建設することではない。事故の苦い教訓を生かして原子炉を安全にするためには、設計指針にも設計思想にも誤りがあったこと、(どんな想定外の事故でも核分裂生成物を閉じ込める、という)格納容器神話が崩壊したことを潔く認め、安全策を謙虚にゼロから考え直さなければならない。
そういう普遍的な提言を、私たち有志が行なった事故分析の最終報告とは異なる視点から打ち出せるかどうか。それが政府と国会、2つの事故調に問われている。
※SAPIO2012年2月1・8日号