かつて日本中で大ブームを巻き起こした100才の双子、きんさんぎんさん。あれから、20年が過ぎ、蟹江ぎんさんの4人の娘たちの平均年齢も現在93才。そんな4姉妹が昭和30年代を振り返る――
時代は、半世紀ほど前に遡る。戦争が終わって10年がたった1956年(昭和31年)、『経済白書』は“もはや戦後ではない”と宣言し、大量生産・大量消費時代がスタートした。
百合子さん(四女・91才):「もうタライはいりません、ちゅうて電気屋さんがよくシェンタッキを売りにきてたな」
千多代さん(三女・94才):「往来で人を集めてな、『こんなによう落ちる』『便利でごぜえますよ』って、実演してな。そりゃあ、びっくりしたがね」
年子さん(長女・98才):「でも、値段が高かった。1台5万円ぐらいじゃったから、いまでいえば30万円くらい。ええなあと思ったけど、とても買えなんだ」
美根代さん(五女・89才):「うちは、発売したばかりの炊飯器をタイマーと一緒に買った。でもな、おっかさん(ぎんさん)にどえりゃあきつく怒られたがね。『こらあ、機械を頼って朝早起きせんのは怠けもんのすることじゃあ』ちゅうてな」
神武景気の中で“三種の神器”といわれた洗濯機、冷蔵庫、テレビが普及し始めたが、まだまだ庶民には高嶺の花。テレビは“一生に一度の買い物”といわれたものだった。
ところが1959年(昭和34年)4月10日、皇太子さま(現・天皇陛下)と美智子さま(現・皇后陛下)ご成婚の記念パレードが行われ、このテレビ中継を見ようと、テレビの売れ行きが急増した。
ぎんさんの家(蟹江家)でも、座敷の床の間にテレビを据えつけ、その前で家族が正座をしてパレードに見入った。
※女性セブン2012年2月9日号