現在、金正恩の最大の後見人は、金正日氏の義弟・張成沢氏だと言われているが、龍谷大学教授の李相哲氏はそれに異を唱える。李氏が後見人について解説をする。
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金正恩の最大の後見人は、妻で金正日の実妹の金慶喜と私は見ている。その証拠となる映像がある。金正日一行が平壌市内のスーパーを視察している時のもので、彼が死ぬ2日前の12月15日に朝鮮中央通信が配信した映像である。
下りのエスカレーターの先頭に立つ金正日から3段上に金慶喜が立っている。その3段後ろに金正恩、その後ろ、ひとり挟んで張成沢の姿がある。北朝鮮では公式発表された情報が大きな意味を持つ。この映像も「たまたま撮影された」などということはない。明らかにこの映像を出すことで、金正日のすぐ後ろに立つ妹の権威を高める意味があったはずだ。
実際、金正日が2008年8月に脳卒中で倒れてから、彼の周辺の処理をし、彼の意思を周りに伝えてきたのは金慶喜だった。おそらく自分が死んだ後のことも妹に話していただろう。逆に言えば、金慶喜は金正日が心の中で何を考えているのかを、息子の金正恩以上に知っていた。
だから、今の権力内部の人たちがどういう人間なのか、金慶喜は金正日を通じて把握していたはずで、必要に応じて甥に「この人間は信用していいが、あの人間には注意しろ」などとアドバイスしていくことになるだろう。そういう意味で彼女は金正恩の最大の後見人と言えるだろう。
金慶喜は1946年、金日成と金正淑(最初の妻)の間の3人の子供の末っ子として生まれている(長兄が金正日)。正式な肩書は朝鮮労働党政治局員・朝鮮人民軍大将・軽工業部部長。金日成総合大学で経済学を学んでいた時、夫の張成沢と知り合い、父親の猛反対を押し切って結婚。朝鮮労働党書記を務め、後に韓国に亡命した黄長燁は回顧録の中で、「金慶喜は頭がよく、闊達な性格」と評価している。
ただ金慶喜は兄・金正日と同様に健康不安を抱えている。具体的な病名は分からないが、かなり昔から鬱病に悩み、2006年に一人娘の張琴松がパリで自殺した時には、ショックでアルコール依存症になったという。軍歴が全くないのに大将の肩書を与えたのは、彼女の権威付けのためと、軍部との意思疎通にそれが必要だったから、ということもあるだろうが、当時は健康状況がよくない彼女を慰めるためだったという説も出たほどだ。
「今も週2回はモルヒネを打っている」とか、「重い糖尿病を患っている」との情報があり、いつまで持つのか不安視する向きは少なくない。
※SAPIO2012年2月1・8日号