食事情に詳しいライター・編集者の松浦達也氏がニュースや著名人などに縁のある料理を紹介する「日本全国縁食の旅」。今回は全豪オープンで日本中を熱狂させたテニスの錦織圭選手が大好きな高級魚に迫ります。
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全豪オープンベスト8という、弱冠22歳にして日本人80年ぶりの快挙を成り遂げた錦織圭選手は1989年島根県松江市に生まれた。2003年には13歳でテニス留学のため渡米。以来、日本人プロテニスプレーヤーとしての記録を更新し続けている。今回は惜しくもベスト4進出はならなかったが、「日本テニス史上最高の選手」の呼び声も高い。
そんな錦織選手の大好物が「アカムツ(ノドグロ)」という、日本海を代表する高級魚だ。昨年末のテレビ番組で「魚のなかで一番好きかも」と明かしていて、刺身や昆布締めにして良し、煮つけて良し、ほかにも塩焼きや一夜干しなど、どんな調理法でも美味しく頂ける万能選手。成長するのに時間がかかることもあって、2年かかって、大きさは十数cm程度にしかならず、10年物の40cmクラスの大物には、万単位の値がつくこともあるという。
のどの奥が黒いことで命名された、通称の「ノドグロ」の方が通りはいいかもしれないが、中国・四国地方では「脂っこい」ことを「むつこい」、「むつっこい」と言う。脂の乗った赤い魚だから「アカムツ」。そしてその味わいは、まさに「白身のトロ」そのもの。
噛み締めるとじゅんわりとした甘~い脂に加えて、ほろりとやさしい身の味わいが口のなかいっぱいに広がる。その身肉だけでなく、皮や骨のまわり、そしてヒレまでも珍重される。大間のマグロなどと並ぶ、美食家垂涎の高級魚。高価なこともあって、産地でも日常の食卓にのぼることは少なく、たまのお祝いの席などで供されるのが一般的だ。
錦織選手の実家は、淡水と海水が入り混じった日本有数の汽水湖、宍道湖のほど近く。シジミの名産地としても知られる宍道湖では、他にもスズキ、モロゲエビ、ウナギ、コイにシラウオなど、珍重される水産物が多く水揚げされる。にも関わらず、この若いアスリートはノドグロが好物だと言う。
北陸の能登などほとんどの漁場では寒い時期が旬だが、島根県浜田のノドグロの旬は8月とまだ半年以上も先。しかも、島根県水産試験場の調査によれば、浜田産は他の産地よりも脂のノリが圧倒的にいいという。
2008年に世界ランクトップ100に入ってから、わずか数年でランキングを急上昇させた錦織選手。1989年という「平成生まれ」の脂が乗ってくる「旬」はこれからだ。