【書評】『おれと戦争と音楽と』(ミッキー・カーチス 著/亜紀書房/1890円)
【評者】嵐山光三郎(作家)
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せんだって、ミッキー・カーチスに五十嵐信次郎という名刺を渡され「これはオレが中学三年のころ作った名前だよ。全部漢字にした」という。ミッキーといえばロカビリーである。一九五八年の日劇ウエスタン・カーニバルに山下敬二郎、平尾昌晃とともにロカビリー三人男として登場し、爆発的人気を得た。
その後映画に出演し、バンドを結成してヨーロッパへ渡り、六十歳で還暦記念「KANREKIロック」を歌った。天晴れな不良ジジイである。立川談志の弟子で、亭号はミッキー亭カーチス。落語がべらぼうにうまく、英語をしゃべる変な外人が出てくる。ハーモニカの達人である。ミッキーの高座は爆笑爆笑大爆笑となり、ハーモニカが胸にしみる。
ミッキーの両親とも日本人とイギリス人のハーフで、本名はマイケル・ブライアン・カーチス。日本国籍名は加千須ブライアン。作詞家名は川路美樹。全部で八つの名前がある。
東京の赤坂に日本人として生まれたが、戦争が始まり「顔が非国民だ」といわれ、四歳のとき日本軍が占領した上海へ渡り、上海でも「敵性国人」と呼ばれて、石を投げられていじめられた。
日本の敗戦後はアメリカの貨物船に乗せられて引き揚げ、東京のオンボロ八畳間にころがりこみ、ニセの証明書を使ったので、食料の配給がなかった。菊や雑草を茹でて食べ、「さまよう無国籍一家」として漂流した。
ロカビリーのスターとして登場する前に、疾風怒濤の少年時代があったのだ。戦争と音楽がミッキー・カーチスという人格を作った。これは、ミッキー個人の自伝でありつつ、日本戦争史として貴重な価値がある一冊となった。
ミッキーは語り口がうまい。悲惨苛酷な体験も、ミッキーが書くと、楽しい少年時代に思えてしまう。それは落語家として、談志に認められたほどの話芸によるものだ。面白くて、読んでいて笑ってしまう。ミッキーは、七十三歳で、さらに進化しつづける。
※週刊ポスト2012年2月10日号