過去を回想するとなぜ人は癒されるのか。なぜ、心地よいのか。単純なようで、なかなか深い問いだ。一本の映画が、3.11以降「絆」を求めてさまよう社会に影響を与えている? 映画「ALWAYS 三丁目の夕日64」大ヒットの深層を、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が解説する。
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映画「ALWAYS 三丁目の夕日64」が大ヒット。興収50億円超えも想定されるそうです。観客は男性が6割、50代が一番多いとか。
シリーズ初の3D映像が実にリアル。あの時代の街のすみずみを思い出す、鮮烈な刺激になっているのでしょう。
それにしても、過去を回想するとなぜ人は癒されるのか。なぜ、心地よいのか。単純なようで、なかなか深い問いです。回想する時、いったい人間の脳の中では何が起こっているのでしょう?
自分の脳を実験台にしてみた時のこと。脳の血流を測る光トポグラフィ計測装置を被り、子どもの頃に繰り返し聞いた「スパイ大作戦」のメロディが流れ出したとたん、はっきりと変化があらわれました。
前頭葉の右下の方が赤く変化している。これはヘモグロビンの量が増えた証拠。実験を担当した脳科学者によると「情動系が活発になっていますよ」。
しかし私自身、特に感情が高ぶったわけではありません。さほど「懐かしい」という意識は高まっていない。ところが本人の自覚以上に、脳は強く揺さぶられているらしいのです。
「肯定的な過去を回想すると脳内物質が分泌され、心地よい状態に変化する」。思い出が持つこうした効果「センチメンタル・バリュー」は、想像を超えて、人を揺さぶる力がありそうです。
老人介護の現場で取り組まれている「回想法」を見て、さらに実感しました。その現場はちゃぶ台、桐の箪笥、柱時計など古い家具や道具に囲まれた畳の部屋。
高齢者たちが過去を想起しては思い出を語りあう。それが、認知症の予防や心理的な安定につながる。「体験された方の多くに、不安感が鎮まったり、おだやかになる、といった良い効果が見られます」と施設スタッフ。
アメリカの精神科医ロバート・バトラーは「高齢者の回想は、死が近づいてくることにより自然に起こる心理的過程であり、また、過去の未解決の課題を再度とらえ直すことも導く、積極的な役割をもつ」と提唱しました(『回想法とライフレビュー』)。
「回想法」は認知症のケアや予防として、世界各地に広がっています。「思い出ふれあい事業」として北名古屋市のように自治体として取り組む現場もあるほどです。
また、前向きな状態の中で過去のことを思い出すと、記憶自体は否定的な内容、傷ついたり過酷だった出来事のことであっても、質の良い記憶に置きかわっていくことがわかってきました。シビアな思い出に対しても、少しずつ、胸の痛みがマイルド化される、というのです。
一本の映画が、3.11以降「絆」を求めてさまよう日本の社会の深部に影響を与えている? 少なくとも、回想に秘められた「センチメンタル・バリュー」は、私たちが自覚している以上に大きな力を持っている、と言えるでしょう。