北朝鮮の金正恩体制への移行が始まったが、佐藤優氏は、金正日存命中から、ロシアのインテリジェンス機関が金正恩に接触しているとの情報をキャッチしていた。その意図とは何か、佐藤氏が分析する。
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2011年5月17日、北朝鮮の平壌を訪れたSVR(露対外諜報庁)のフラトコフ長官(元首相)が金正日国防委員会委員長(当時)と会談した。筆者のところにモスクワの信頼できる筋から以下の情報が入ってきた。
「この会談に金正恩も同席した。金正日はフラトコフに対して、SVRが金正恩に国際情勢に関するインテリジェンス・ブリーフィング(説明)を定期的に行なうことを要請した。フラトコフは金正日の要請を受け入れ、その後、SVRの専門官が定期的に平壌を訪れ、金正恩に対して国際情勢に関するブリーフィングを行なっている。ソ連崩壊後、ロシアと北朝鮮のインテリジェンス面での協力がかつてなく高いレベルに達している」
筆者がモスクワの複数の信頼できる筋で確認したところ、金正恩はロシア語を理解するということだ。
ところで、筆者はモスクワの日本大使館に勤務していた時、1992~1994年に家庭教師についてベラルーシ語を勉強した。ロシア外務省付属外交団世話部(ウポデカ)を通じて60歳くらいの女性の家庭教師が紹介された。
当時、ロシアのパスポートには、所属民族が記されていた。この家庭教師の所属民族名は「スペイン人」と記されていた。彼女の父親がスペイン市民戦争の後、ソ連に亡命したので所属民族がスペイン人となっているのだ。最初、モスクワに住んでいたがスターリンによって中央アジアに追放され、そこでベラルーシ人と結婚した。
追放が解除された後、ベラルーシで暮らし、娘は大学で言語学を専攻し、外国人にロシア語を教える専門家となり、モスクワに出てきた。ベラルーシ語を話せるベラルーシ人は少なからずいるが、正確な文法の知識を持ち、教養のある文書の書き方を教授できる人は少なかった。
ある時この家庭教師が、北朝鮮製のクッキーとキャンデーを持ってきた。筆者が「どこで手に入れたのか」と尋ねると、「北朝鮮大使館でもらった」と答えた。金正日の息子にロシア語を教えているという。この家庭教師の話では、この息子は小学生で、一年に何度かモスクワの北朝鮮大使館に長期滞在し、ロシア語を集中的に勉強するという。頭の回転が速く、ロシア語の読み書き能力はかなり高いが、ロシア人と直接、接触する機会が少ないので、会話はそれほど流暢ではないということだった。
この小学生が金正恩か金正哲かは定かではないが、金正日が息子にロシア語を習得させたことは確実である。金正日は、ロシア語を媒介にして息子が国際情勢に関する知識を得る基盤づくりをずっと以前から行なっていたのだ。
※SAPIO2012年2月1・8日号