3月24日に公開される映画『僕達急行 A列車で行こう』は、2011年12月20日に亡くなった森田芳光監督の遺作となった。どこがどう見所なのか。文芸評論家の川本三郎氏が解説する。
* * *
暮れに飛び込んで来た森田芳光監督の訃報には本当に驚いた。十二月二十日。まだ六十一歳だったという。才能ある監督がこんなに早く逝ってしまうとは。 新作『僕達急行 A列車で行こう』が遺作となってしまった。
森田監督らしいさわやかな青春映画である。
主人公松山ケンイチ演じる小町圭と、瑛太演じる小玉健太は、ともに鉄道が大好きな若者(「小町=こまち」「小玉=こだま」はいうまでもなく新幹線の名前)。
小町は不動産会社に勤めるサラリーマン。小玉は東京の蒲田あたりにある町工場の息子。二人とも仕事はきちんとするが、それ以上に好きなのは鉄道。
おかげで社会生活では器用とはいえない。女性にももてない。デートをしても目がつい走っている電車のほうに行ってしまうのでは仕方がない。
いわゆる「鉄ちゃん」の若者を描いているが、二人とも趣味の世界に異常にのめりこんでいるわけではない。常識はあるし、他者への思いやりも持っている。その点では大人である。
ただ好きな世界があるために世渡りがうまくないだけ。そんな自分たちのことを鉄道にたとえ「京王線でいうなら競馬場線、京急でいうなら大師線だな」というのが面白い。自分たちを醒めた目で見ている。
小町は博多へ転勤を命じられる。そこで地元企業の社長(ピエール瀧)への営業を担当することになる。難敵と思われた相手だったが、意外やひそかな鉄道好きで、小玉も加わって三人で鉄道談義に盛り上がる。無論、仕事もうまくゆく。趣味は身を助ける。
この社長は東京から出張で来る人間に必ず「博多にはどうやって来た」と聞く。ほとんどの人間が「飛行機で」と答えるなか、小町だけは「新幹線で」という。鉄道好きどうしの一種の合い言葉になっている。遠距離であっても飛行機ではなく鉄道を使ってこそ鉄道好きといえる。
わたらせ渓谷鉄道をはじめ久大本線、筑肥線など鉄道がたくさん出てくるのはいうまでもない。
小町が女の子(貫地谷しほり)と待合せる場所が、田舎の小さな無人駅(佐賀県にある筑肥線の駒鳴駅)というのも渋くていい。初期の森田作品『ときめきに死す』(1984年)に函館本線の小さな無人駅、渡島大野駅が出てきたことを思い出す。
森田監督の冥福を祈る。
※SAPIO2012年2月1・8日号