金正日の急死によって息子・正恩の偶像化作業が急ピッチで行なわれている北朝鮮。一方、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)は、この動きに一見、静観の構えを見せている。朝鮮総連には朝鮮学校の授業料無償化・補助金問題が横たわり、思想教育をしないことが前提とされているからだ。しかし、北朝鮮事情に詳しい関西大学経済学部教授の李英和氏によれば、朝鮮総連内部では「正恩崇拝」が声高に謳われているという。李教授が報告する。
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金正日が急死する1週間前のことだった。昨年12月の上旬、筆者の手元に1枚のDVDが届いた。13分ほどに編集された動画がDVDに収められていた。
DVDを再生した瞬間、筆者は驚愕した。朝鮮語の字幕で「総連中央委員会第22期第2次会議」と書いてある。
その直後に司会者の裵真求(副議長兼事務総局長)が「今から在日本朝鮮人総連合会・中央委員会第22期第2次会議を始めます」と開会を告げる。参加者全員が立ち上がり一斉に拍手を送る。
続いて「本中央委員会には、中央委員359名と中央監査委員3名が参加しています」と大会成立が厳かに宣言される。
これこそ、筆者が本誌2011年9月14日号で、その存在を指摘した「門外不出」の極秘映像だった。
朝鮮総連中央本部は、昨年7月9日に開催した中央委員会の模様をDVD化し、北朝鮮本国へ密かに送付した。
朝鮮総連が父子三代権力世襲、つまり金正恩を熱烈に支持する証拠物としてだった。送付先は朝鮮総連を指導・監督する朝鮮労働党傘下の工作機関「対外連絡部」(現・225部)だ。
この事実を暴露した本誌の筆者記事に、朝鮮総連は大恐慌をきたした。理由は2つあった。ひとつは「金正恩支持」決議が下部組織での討議を経ていなかったから。つまりは中央委員会の独断専行で、組織の動揺や分裂に発展するのを恐れた。
もうひとつは、朝鮮学校の抱える問題。当時、文科省と地方自治体による補助金支出をめぐり、朝鮮学校の教育内容と運営実態がやり玉に挙がっていた。その敏感な時期に三代世襲断固支持を表明するのは「自殺行為」に等しいからだった。
そんな事情から、朝鮮総連は、中央委員会で金正恩支持を決議したものの、その事実と内容を機関紙『朝鮮新報』に掲載すらしなかった。張本人の許宗萬責任副議長は、証拠のDVDが「門外不出」なのをよいことに、口をつぐんだ。
ところが、許宗萬の独断専行と秘密主義は、朝鮮総連の組織内部に深刻な亀裂を生む。その一端が極秘DVDの流出事件である。今回、朝鮮総連の現状を嘆く某幹部が、北の工作機関に送付されたのと同じDVDを筆者に託した。
このDVDは総連が組織活動での利用を想定していない。したがって、大会参加者の中央委員も持っていない。映像を目にできるのはごく少数の最高幹部だけ。その分だけ、朝鮮総連の衝撃は大きかった。中央本部の監察委員会(秘密警察組織)は現在も犯人捜しに血眼である。それでも朝鮮総連は表面上、無関心を装う。
苦渋に満ちた沈黙には、別の深刻な理由が潜む。朝鮮労働党が唐突に下した「朝鮮総連処分」がそれだ。
朝鮮総連は、労働党から「金正恩偶像化を推進せよ」との強い指導で、組織分裂含みの危険を冒してまで、三代世襲支持の決議を急いだ。ところが、そのわずか3か月後、金正日急死で事態が一挙に暗転する。
今度は同じ労働党が、朝鮮総連をあたかも「危険団体」と見立てる新方針を密かに下したのである。皮肉にも、その理由は朝鮮総連が掲げた「金正恩断固支持」と密接に関連する。金正恩が「在日朝鮮人の息子」だという出自の問題がそれだ。
※SAPIO2012年2月22日号