ライフ

「三丁目の夕日」の吉岡秀隆 彼の存在は高度経済成長への抵抗

【映画評】山崎貴監督「ALWAYS 三丁目の夕日’64」
【評者】川本三郎・文芸評論家

 * * *
 昭和三十九年(一九六四)の東京オリンピックは、単にスポーツの祭典というだけではなく日本の国が戦後の混乱期を脱したことを国内外にアピールする一大国家的イベントだった。

 とくに舞台となった東京はオリンピック開催に向けて都市大改造が行なわれた。新幹線やモノレールが走る、高速道路が出来る、大型のホテルが建つ。現在の東京の原型はこの時に作られたといっていい。

「三丁目の夕日」シリーズ第三作「ALWAYS 三丁目の夕日’64」(山崎貴監督)はこの東京オリンピックの年を舞台にしている。第一作(2005年)は東京タワーが出来た昭和三十三年、第二作は昭和三十四年。そして今度は昭和三十九年。

 ちなみにこの年までは元号で呼ぶのが合っているが、以後は次第に西暦で呼ぶのがふさわしい時代になってゆく。

 西岸良平の漫画では時間はとまったままだが、映画では時が進む。鈴木オートの子供、一平(小清水一揮)も、駄菓子屋の子供となった淳之介(須賀健太)も早いもので高校生。東北から集団就職で鈴木オートに働きに来た六子(堀北真希)も年頃のきれいな娘になっている。

 町も豊かになっている。どの家にもテレビがある。車が走る。六子は親しくなった若い医師(森山未來)とドライヴに行く。淳之介は大学を目指す。

 右肩上がりの高度経済成長は夕日町三丁目に住む庶民の暮しも確実に豊かにしている。

 そんななか貧乏文士、茶川竜之介(吉岡秀隆)だけが相変らずぼさぼさ頭でむさ苦しい格好をしているのが笑わせる。ランニングシャツで外に出る。オリンピックの直前、町では「外国人に恥しいからランニングシャツで外を歩くのはやめましょう」とお達しがあったのだが(笑)。

 世の中がどんどん明るく豊かになってゆくなか相変らずこの先生だけは「純文学」にこだわっている。昔ながらの駄菓子屋を営み、純文学では暮せないので少年誌に小説を書き続けている。

 ここにだけまだ戦後が残っている。少年誌の小説は、新人作家が登場したため、次第に人気をなくしてゆく。

 彼だけが新しい時代についてゆけない。きれいな奥さん(小雪)をもらってそれなりに幸せなのだが肝腎の小説で芽が出ない。豊かになってゆく三丁目のなかで、相変らず戦後をひきずって、時代から取り残されてゆく彼の存在が異彩を放っている。それは高度経済成長への無言の抵抗になっている。

※SAPIO2012年2月22日号

関連記事

トピックス

女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された
【薬物検査どころじゃなかった】広末涼子容疑者「体を丸めて会話拒む」「指示に従わず暴れ…」取り調べ室の中の異様な光景 現在は落ち着き、いよいよ検査可能な状態に
NEWSポストセブン
運転中の広末涼子容疑者(2023年12月撮影)
《広末涼子の男性同乗者》事故を起こしたジープは“自称マネージャー”のクルマだった「独立直後から彼女を支える関係」
NEWSポストセブン
女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された
《病院の中をウロウロ…挙動不審》広末涼子容疑者、逮捕前に「薬コンプリート!」「あーー逃げたい」など体調不良を吐露していた苦悩…看護師の左足を蹴る
NEWSポストセブン
北極域研究船の命名・進水式に出席した愛子さま(時事通信フォト)
「本番前のリハーサルで斧を手にして“重いですね”」愛子さまご公務の入念な下準備と器用な手さばき
NEWSポストセブン
広末涼子容疑者(写真は2023年12月)と事故現場
《広末涼子が逮捕》「グシャグシャの黒いジープが…」トラック追突事故の目撃者が証言した「緊迫の事故現場」、事故直後の不審な動き“立ったり座ったりはみ出しそうになったり”
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者(2023年12月撮影)
【広末涼子容疑者が追突事故】「フワーッと交差点に入る」関係者が語った“危なっかしい運転”《15年前にも「追突」の事故歴》
NEWSポストセブン
自宅で亡くなっているのが見つかった中山美穂さん
《中山美穂さん死後4カ月》辻仁成が元妻の誕生日に投稿していた「38文字」の想い…最後の“ワイルド恋人”が今も背負う「彼女の名前」
NEWSポストセブン
山口組分裂抗争が終結に向けて大きく動いた。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
「うっすら笑みを浮かべる司忍組長」山口組分裂抗争“終結宣言”の前に…六代目山口組が機関紙「創立110周年」をお祝いで大幅リニューアル「歴代組長をカラー写真に」「金ピカ装丁」の“狙い”
NEWSポストセブン
中居正広氏と報告書に記載のあったホテルの「間取り」
中居正広氏と「タレントU」が女性アナらと4人で過ごした“38万円スイートルーム”は「男女2人きりになりやすいチョイス」
NEWSポストセブン
Tarou「中学校行かない宣言」に関する親の思いとは(本人Xより)
《小学生ゲーム実況YouTuberの「中学校通わない宣言」》両親が明かす“子育ての方針”「配信やゲームで得られる失敗経験が重要」稼いだお金は「個人会社で運営」
NEWSポストセブン
約6年ぶりに開催された宮中晩餐会に参加された愛子さま(時事通信)
《ティアラ着用せず》愛子さま、初めての宮中晩餐会を海外一部メディアが「物足りない初舞台」と指摘した理由
NEWSポストセブン
大谷翔平(時事通信)と妊娠中の真美子さん(大谷のInstagramより)
《妊娠中の真美子さんがスイートルーム室内で観戦》大谷翔平、特別な日に「奇跡のサヨナラHR」で感情爆発 妻のために用意していた「特別契約」の内容
NEWSポストセブン