金正日の急死によって息子・正恩の偶像化作業が急ピッチで行なわれている北朝鮮。そんな中、北朝鮮が金正恩について必死に隠そうとしている情報がある。北朝鮮事情に詳しい関西大学経済学部教授の李英和氏が報告する。
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金正恩の称号は「大将同志」から「領導者」「最高指導者」へと矢継ぎ早に格上げされてきた。4月15日の「太陽節」(金日成の誕生日)前後には国防委員長と党総書記に登り詰めるだろう。
この超速での繰り上げ達成には、避けて通れない関門が待ち受ける。金正恩の生母にまつわる「りんご問題」の処理である。
北朝鮮は事実上の身分社会だ。国民は「3階層52部類」の複雑怪奇な出身成分表で管理される。「3階層」とは上から順に「核心階層」(25%)、「動揺階層」(25%)、「敵対階層」(50%)となる。
庶民はこれを隠語で「トマト」(皮も実も赤い)、「りんご」(皮は赤いが実は白い)、「梨」(皮も実も白い)と呼ぶ。
金正恩の実母は在日朝鮮人の高英姫だ。その在日朝鮮人帰国者は「りんご」か「梨」のどちらかに分類され、徹底した差別と抑圧の対象とされてきた。
したがって、金正日と高英姫の「結婚」は最高幹部の間で公然の秘密だったが、高英姫の出身成分(りんご問題)は禁忌事項とされてきた。
だが、金正恩の偶像化作業には、生母の偶像化がどうしても不可欠だ。正直に出自を明かすか、それとも隠蔽して出自を捏造するか。労働党は「りんご問題」の処理をめぐって苦悶を重ねてきた。
両方の可能性をにらんで昨年5月には元山農業大学構内に「尊敬する金正恩同志」の記念碑が作られたりもした。元山港は高英姫が乗った帰国船の寄港地で、元山市を金正恩の「第2の故郷」と定める可能性に備える作業だった。
ところが、偶像化作業が再起動した段階で金正日が急死した。金正恩は経験と実績を欠く。「革命の血統」だけが金正恩の正統性を担保する。そこに出自の疑問が付け加われば、小さな傷でも致命傷になりかねない。「りんご問題」は敏感な政治問題に浮上した。
そこで労働党は金正日急死の直後、間髪を入れずに「りんご問題」の処理方針を決めた。高英姫の出自をこれまで通りに「最高機密事項」として扱い、これを破った者は「厳罰に処する」と秘密裏に決定したのである。
※SAPIO2012年2月22日号