「外交は言葉の芸術である」――元外務省主任分析官の佐藤優氏は繰り返しそう指摘してきた。外交交渉の真の評価は言葉のディテールを追いかけることによってのみ可能だ。その佐藤氏は、今回の日露外相会談での、玄葉外相の言葉に一定の評価を与える。以下は、佐藤氏の解説だ。
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1月28日、東京で日露外相会談が行なわれた。玄葉光一郎外相とロシアのラブロフ外相は、午前11時から午後3時半まで会談を行なった。午前中が会談、途中、査証簡素化協定の署名式と共同記者会見を行ない、その後、ワーキングランチになった。
外交の世界で、社交のランチとワーキングランチは本質的に異なる。ワーキングランチは、通訳のみならず記録係が入った外交交渉である。今回の4時間強の外相会談は、今後の北方領土交渉に大きな影響を与える画期的な意味を持つものだ。
〈玄葉大臣から、四島は日本に帰属するというのが日本の立場であることを指摘し、両国間に真の友好関係を構築するためには、領土問題を解決し平和条約を締結することがこれまで以上に必要であることを強調した。
両国の立場は大きく異なるが、相互信頼の雰囲気が高まっていることを踏まえ、この問題を棚上げすることなく、静かな環境の下で両国間のこれまでの諸合意及び諸文書、法と正義の原則に基づき問題解決のための議論を進めていくことで一致した。
玄葉大臣から、次官級協議の再活性化を提案したのに対し、ラヴロフ外相はロシアの新政権成立後に開催したいと述べた。〉(1月28日、外務省HP)
従来、北方四島の帰属と平和条約の関係について、日本政府・外務省は、1993年10月の東京宣言に基づき「四島の帰属に関する問題を解決して、平和条約を締結する」という立場を主張していた。このフレーズは一見、四島返還を主張しているように見えるが、そうではない。
なぜなら、「四島の帰属の問題」の解決は、5通り(日4露0、日3露1、日2露2、日1露3、日0露4)の可能性があるからだ。四島すべてがロシア領になるという形で帰属の問題を解決しても東京宣言違反にはならない。
今から10年前、2002年に北方領土交渉に深く関与していた鈴木宗男衆議院議員(当時/現新党大地・真民主代表)が失脚した後、外務官僚は、「四島の帰属に関する問題の解決」という交渉の土俵に関して合意したに過ぎず、実際に北方領土の日本への返還については、何の約束もしていない東京宣言を、北方四島返還が担保された合意であると偽装するようになった。そして、「東京宣言至上主義」で国民を欺き続けてきた。
2005年9月に衆議院議員に返り咲き、2010年9月に懲役2年の実刑が確定し、議席を失うまで、鈴木宗男氏は、質問主意書や国会質疑において「四島の帰属に関する問題の解決は、四島の日本への帰属を意味するか」とことあるごとに質したが、外務省は「四島の帰属に関する問題を解決して、平和条約を締結する」というのが政府の立場であるという答弁を繰り返し、「東京宣言至上主義」から脱却しようとしなかった。
この「東京宣言至上主義」が生み出したのが、麻生太郎政権時代に浮上した北方四島の「面積二分割論」や「三島返還論」だった。バナナの叩き売りのように北方領土の切り売りが可能であるとするシグナルをロシアに送ったことで、メドベージェフ大統領は、日本の足許を見るようになった。
今回、玄葉外相が「四島は日本に帰属するというのが日本の立場である」と明言したことは、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の四島は日本領であるという原理原則を再確認する意味がある。
本人がどこまで自覚しているかは別として、過去、外務官僚を手厳しく批判していた鈴木宗男氏の立場を採用するという政治決断を玄葉外相は行なったのだ。
※SAPIO2012年2月22日号