【書評】『バナナの世界史』(ダン・コッペル著 黒川由美訳/太田出版/2415円)
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
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かつてバナナは高価で特別なデザートだった。そして今日、世界でもっとも消費されている果物はバナナである。嗜好品としてだけでなく、何億人もの飢えを救う。
世界には千種を超えるバナナがあるという。私は南インドで食べたバナナの味と香りに仰天したことがあるが、現在、世界に流通するバナナの大半はたった一種類だという。栽培と流通に好都合な品種は、数千回におよぶ交配をへてたどりついた。しかしバナナは本質的に脆弱な植物であり、ときに伝染力の強い病気に冒される。
本書は、世界の「歴史を変えた」果物の壮大なドラマを追った。著者は科学・自然を専門とするライターだが、視点は幅広い。平明な語り口とウィットに富む文章で、グローバリズムによる繁栄と悲劇を浮かび上がらせる。
そもそもバナナは、中国南部から東南アジア、インドに広がる森のなかでひっそりと自生していた。人類が栽培した歴史は、わかっているかぎりでも紀元前五千年のパプアニューギニアにさかのぼる。やがて船乗りや商人、開拓者や征服者によってバナナは七千年をかけて地球を一周した。
劇的な変化は十九世紀後半の「フルーツ産業」の誕生だ。米国のバナナ会社は中南米諸国の政権を操り、土地を不正取引で手に入れる。熱帯雨林を伐採して広大なバナナ農場を建設し、鉄道を敷き、巨大な輸送船でバナナを運んだ。一方、現地の労働者は過酷な労働条件とともに、農薬散布による健康被害などに苦しんだ。
一九五一年、グァテマラに民主的な選出によりアルベンス大統領が誕生し、バナナ会社と激しく対立する。しかし米国政府の後押しを得る「バナナ帝国」の大企業は、狡猾なメディア操作をし、大統領を追放することに成功する。
バナナをめぐって〈過去一世紀におよぶ弱者への軽視と搾取〉を繰り返してきたが、それでもバナナを愛してやまない著者は、その未来のためにフェアトレード(公正取引)を提唱し、有機栽培の発展にも希望を見出そうとしている。
※週刊ポスト2012年2月24日号