外交交渉における語学力は、普通の会話ができればいいというものではない。外務省の最前線で交渉に携わってきた佐藤優氏(元外務省主任分析官)は新刊『国家の「罪と罰」』(小学館)で、その一例を挙げた。
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交渉で必要とされる外国語は、ただ意味が通じればよいという水準では役に立たない。日本政府の立場を正確に、当該国の知識人が用いる外国語で表現する能力が必要だ。同時に、相手が言うことを瞬時に正確に理解する反射神経が求められる。
例えば、ロシア人が「率直かつ実務的に話をしたい」と言えば、それはけんか腰になるという意味だ。また、日本の国会議員で「私は日本のナショナリストです。あなたもロシアのナショナリストです。お互いに自国を愛するという気持ちを大切にしたい」と発言した場合、ロシア語に慣れていない通訳が、「ヤー・ナツィオナリスト(私はナツィオナリストです)」と訳すと意味が曲がって伝わってしまう。
ロシア語のナツィオナリストは、英語のナショナリストではなく他民族を侮蔑し排除する排外主義者という意味だからだ。この場合、国会議員の発言は「ヤー・パトリオート(私は愛国主義者です)」と訳すべきだ。
ロシア語でパトリオートという言葉には否定的意味がないからだ。また、発音上、公式の席では避けなくてはならない言葉もある。例えば、「海老」だ。ロシア語の「エビ」は「オマ×コする」という意味だからだ。従って、「海老名」とか「海老原」という名字の外交官がロシアに赴任すると損をする。
※『国家の「罪と罰」』より抜粋