「自分の身体は自分で温める」。新発想を担う、ビジネスマンたちのための高機能スーツの秘密兵器とは何か。作家の山下柚実氏が、「ウォームスーツ」の開発者に聞いた。
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赤外線ランプの下に、2枚の黒い生地が置かれている。
ランプが点灯し、赤外線の熱が当たり始める。37、38、39度……。布の上にかざした温度計の数値がみるみるうちに上がっていく。
あら? 不思議。左の数値は31.7度。右は39.8度。その温度差は一目瞭然だ。左右同じように熱に当たっているのに、なぜ温度に違いが出るのだろう。ちなみに左側の布は一般的なスーツの裏地。右は「サーモトロン」という特殊な繊維だ。
「数字が示すように、右側の生地は身体から発生する熱(遠赤外線)を反射し、熱を溜めこむ機能があります。この素材を裏地に使って身体とスーツの間に蓄熱空間を創り出しているのです」と、『ウォームスーツ』の開発に携わったコナカ商品本部・岩谷達志氏(52)は言った。
特殊な裏地「サーモトロン」。太陽光発電に使われる炭化ジルコニウムがポリエステル繊維の芯に練りこんである。それが『ウォームスーツ』の秘密兵器の一つらしい。
ふだんビジネススーツを身につけない私なぞ、「防寒」新商品としての『ウォームスーツ』と聞いても、ピンとこない。何がどう温かいのか、どうして下着やシャツではなく、「スーツ」で暖をとるのか。
しかし、熱照射実験を目の当たりにすることで、なるほど「身体の熱を裏地で溜めこむ」というメカニズムの一端が腑に落ちた。
街を見回すと、ビジネススーツのトレンドは何といっても「細身」。特に若い男性の場合、ぱっつんぱっつんにフィットしたパンツがオシャレということらしい。生地はツルンとして光沢がある。主流はシャープなシルエット。そして多くの男たちがオールシーズン、同じスーツで良しとしている。
温度調節は、ワイシャツやコートなどで対処する。でも、真冬はどうなんだろうか。ツルンとしたシャープなスーツは、質感として「暖かい感じ」とかけ離れているみたい。
「実際に店先でも、『冬用が欲しい』『暖かいスーツは無いの?』という30~40代のお客様からの要望をたびたび耳にしてきました。しかし、メーカーとしては、十分に対応できてこなかったのが実情です」と岩谷さんは認める。
取材の日は気温5度。ますます底冷えがする2月、3月を前に、街のサラリーマンたちは肩をすぼめ気合で寒さをこらえつつ、足早に歩く。ショートコートからはみ出たお尻と太股が冷たそう。考えてみれば、暖かいスーツへの潜在的なニーズは意外に高かったのに、選択肢は限られていたのでは。
「たしかにメーカーにとって冬物はリスキーなんです。冬に特化すると販売期間は10月末~2月頃の数か月と限定されてしまいますから。なかなか踏み切れなかったのですが、節電要請の高いこの冬、敢えてそのリスクに挑戦しようと考えました」
※SAPIO2012年2月22日号