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被災地でジャンプとコロコロ回し読みに“漫画のチカラ”実感

 昨年三月二六日──。『朝日新聞』の夕刊に〈やっと読めたワンピース〉〈一冊100人立ち読み〉という小さな記事が載った。舞台となったのは、雑誌の配送が止まっていた仙台市の塩川書店。

 お客から渡された一冊の『少年ジャンプ』が回し読みされているというこの記事は、ネット上などでも評判となり、塩川書店には全国から同誌や『少年マガジン』『コロコロコミック』といったマンガ雑誌が読者から次々に届けられた。「何百人が読んだ最初の一冊はぼろぼろで印刷もかすれていました。その『ジャンプ』は後に申し出を受けて、版元である集英社さんにお送りしました」と店主の塩川さんは当時を振り返る。

 * * *
 きっかけは自分たちの食料を確保するため、近所のスーパーに二時間、三時間と並んでいた時のことでした。知り合いのお客さんが「本屋さんはいつから開くの?」と声をかけてきた。聞けば、地震があってから子供が夜に泣く、と言うんです。

 夜中にテレビを見ていても恐ろしいニュース映像ばかりで、怖がって震えていると。せめてマンガやアニメや絵本を見せてあげたい──。山形で買ってきた『ジャンプ』を、「もう読んだので、良ければ置いてもらえないか」とあるお客さんが提案してくれたのは、そうして店を開いて少ししてからのことでした。〈ジャンプ 読めます〉と貼り紙をすると、それを見たお母さんたちが子供を連れてくるようになった。

 そのとき、ちょうど沿岸部を回ってきたという記者さんが店の様子を取材していったんです。それがヤフーのニュースに取り上げられて、全国の方々から『ジャンプ』や『コロコロ』を送っていただきました。

 店を開いて良かったと思ったのは、マンガを読んだ子供たちが笑ってくれたことです。そしてそれを読んで子供たちが笑うと、心配していた親たちもやっと安心した表情になるのが私には嬉しかった。

 なかには一時間半かけて来られたお母さんもいました。連載の続きを読みたいということではありません。余震に怯えている子供の気持ちを落ち着かせたいという一心だった、と。ショックを受けて震えていた彼らが、マンガを読むうちに少しずつ子供らしい子供に戻っていく様子は、一冊の本の持つ力をあらためて実感させるものだったと思います。

文■稲泉連(ノンフィクション作家)

※週刊ポスト2012年3月9日号

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