AIJ投資顧問が年金資産2000億円の大半を消失させた問題では、運用を委託していた84の企業年金の約88万人に影響が出るというのが一般的な報道だった。新聞もテレビも複雑な年金制度を理解していないので、問題の本質をはき違えている。多くの国民はこうミスリードされているに違いない。
「運の悪い企業の私的年金が、詐欺的な運用会社に引っかかった。でも、私の年金には関係ない」
この認識には大きな間違いがある。
被害を受けるのは、たった88万人ではない。AIJが消失させた年金基金の一部は日本全国の3441万人のサラリーマンが加入する厚生年金が補填することになる。つまり、AIJにあなたの年金が喰われたことになるのだ。ただでさえ年金財政の破綻が迫っているのに、消失問題によってまた財政が苦しくなる。
まずはAIJがどのように2000億円を喰い潰したのか明らかにする。
運用を委託していた厚生年金基金(※)の運用担当理事の証言だ。
「営業担当者が訪れ、『日経225オプション取引の売りで、相場変動に左右されず、コツコツと稼ぐ』と説明された。2002年以降の累積利回りは245%で、さすがに単年度で200%以上なら怪しいと警戒するが、5~8%の利回りといわれ、信用してしまった」
「日経平均株価指数のオプションの売り」がメインだったとすれば、詳しい説明は省略するが、「コツコツ稼ぐ」どころか、極めて投機性の高いデリバティブ(金融派生商品)である。
例えば、リーマンショックが起きた2008年秋、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」の安田隆夫・会長は投資顧問会社を通じ、13億円を「日経225オプションの売り」に投資していたが、たった一晩で36億円の損失を被った(本誌2008年11月14日号)。そんなハイリスクな金融商品で何年も運用をやっていれば2000億円を全部すっても驚くには値しない。
運用を行なっていたのは、日本の金融当局の監視の目が行き届かない英領ケイマン諸島籍のファンド。取引の詳細はブラックボックスに包まれていた。はじめから後ろ暗いところがあったのかもしれない。
浅川和彦・AIJ投資顧問社長の知人がいう。
「浅川さんは野村證券の個人営業畑出身の生粋の営業マン。業界では最高の誉め言葉である『客をたぶらかす天才』といわれていた。トップクラスの実績を引っ提げて国内外の証券会社を渡り歩いた後に独立したが、野村證券の京都の支店に在籍していた時代に掴んだ大口顧客の運用に失敗し、“太客”を逃してしまった。そこで、浅川さんが狙いを定めたのが厚生年金基金だった」
※厚生年金基金/サラリーマンが加入する厚生年金制度は3つの部分に分かれる。1階部分は基礎年金(国民年金)、2階部分は比例報酬部分(厚生年金)で、3階部分が厚生年金基金。企業が基金を設立して、個別に金融機関と契約し、社員から集めた保険料を委託運営する。その際、2階部分の比例報酬部分の給付・運用も代行する。
※週刊ポスト2012年3月16日号