一般から公募した被災する前の東北地方の写真。その数、2000枚超。東北地方の美しい原風景を人々の記憶から喪失させないよう、震災前の写真を集め、一冊にまとめたのが復興応援写真集『3.11以前-美しい東北を永遠に残そう-』(小学館)だ。名前も知らない人達の日常を切り取った、あるいは風景の写真。それが、せつなくなるほど胸を打つのはなぜか──。
写真の多くは3.11を境に “止まったまま”だ。静止画だからではない。あの日以来、それそのものがその場所に無くなっているからである。本来なら今ごろも風に揺れているだろう木々、漁に出ているだろう船、笑っているだろう人、それぞれが写真の中でしかもう存在していない。そう考えると、ただの日常の写真ではなくなる。
この写真集のプロジェクトが発足したのは昨年5月。企画立案者の一人であるフォトジャーナリストの山本皓一氏がいう。
「この写真集で求めたのはプロの作品ではなく、一般の人によって撮られた思い出が詰まった写真です。しかし、津波は人々の写真まで飲み込んでしまっていたし、さらに被災者にとっては写真どころではない時期。写真集めは簡単にはいきませんでした」
不安を抱えて始まったプロジェクトは、いくつもの出会いや奇跡に支えられたという。山本氏が続ける。
「被災地で知り合ったアマチュアカメラマンたちは、まだ水道もガスも通っていない状況なのに、口コミや募集チラシの配布などで骨を折ってくれた。中には震災から2か月後に瓦礫の中から見つかり、海水を含んだ泥水に汚損されていたのを真水で洗って修復し、提供してもらった写真もある。全ての写真に物語がある」
手探りのスタートだったが、被災者の協力もあり、昨年末までに口コミや公募で2000枚を超える写真が集まった。その一枚一枚に撮影者の何ものにも代え難い、“記憶”が刻まれているが故、紙幅が限られた写真集にどれを載せるか選ぶ作業は相当苦心したようだ。
「普通のコンテストなら、構図やアイデア、技術などで評価できますが、今回はまるで勝手が違いました。写真に優劣をつけることができなかったんですね。(写真集に)掲載されたのはもちろん、載らなかった写真もぜひ、見て欲しいという気持ちがあります」(前出・山本氏)
3月12日から東京・丸の内の行幸地下ギャラリーで入場料無料の写真展を開催(31日まで)。『Yahoo! JAPAN』と連携し、「東日本大震災 写真保存プロジェクト」を展開、写真を公募・公開している。その中から好きな写真を集め、「3.11以前」オリジナル写真集の企画案を募集しているのも、見る側に判断を委ねた上で、美しい東北への思いを共有したいとする山本氏らの気持ちの表われなのだろう。
1年が過ぎた今。「復興」という未来に目を向けると同時に、あの日以前にも思いを馳せてみたい。
写真は、志田信一さんが撮影した『広田湾で働く定置網漁師の笑顔』(1987年)だ。
※週刊ポスト2012年3月16日号