『メルマガNEWSポストセブン』では、ビートたけし、櫻井よしこ、森永卓郎、勝谷誠彦、吉田豪、山田美保子…など、様々なジャンルで活躍する論客が、毎号書き下ろしで時事批評を展開する。本サイトでは3月16日に配信された7号よりこれから4回にわたって「勝谷誠彦の今週のオピニオン」を全文公開する。
* * *
あれから1年。鎮魂と慰霊の3月11日が過ぎていった。これから長く、日本人にとって3月11日は8月15日や1月17日とともに「特別な日」でありつづけるだろう。いや「特別な日」にしなくてはいけないのだ。
8月15日、日本人はその心を鎮魂と慰霊に寄り添わせる。しかしこの日にはもうひとつの顔があることを私たちは忘れてはいけない。それは「誰がヘタを打ったかを再確認する日」でもあるということだ。誰があれだけの国難を引き起こしたかを思い出す時なのだ。
そのための装置が東京裁判であった。戦犯が裁かれ、何人かが絞首刑になった。しかし、私たちはそれを自らの手で行うことができなかった。戦勝国による敗戦国への判決と処刑は「報復」である。それゆえに、多くの日本人がその結果にわだかまりを残した。靖国論争、憲法論議など、戦後日本が抱えているいくつもの問題の根っこにはこのことがある。徹底した検証と反省と清算を、私たちは私たち自身の手で行うことをしなかったのだ。
3月11日について、あの東京裁判と同じような状況に陥りつつあることを私は激しく危惧する。「本当は何が起きたのか」「誰が被害を拡大させたのか」「責任はどうとるのか」。日本人はそういうところからすぐに逃げてしまいがちだ。しかしここは勇気をもって現実と立ち向かわなくては、同じことはまた必ず起きる。
何よりも亡くなった方々や被災した人々に、顔向けができないではないか。
(続く。次回は3月18日午前7時に公開予定)
※上記の記事全文は現在配信中の『メルマガNEWSポストセブン』7号で読めます。