東京電力福島第一原発事故から1年。事態は解決に向かっているとはいいがたく、いまだ故郷に戻れない人もたくさんいる。そんななか、子供への放射能の影響を心配し、安全な土地へ移住する子育て世代が相次いでいる──ノンフィクション・ライターの北尾トロさんも奥さんに引っ張られるように、移住を計画中。そこで、トロさん自ら、すでに移住生活を始めた家族たちに、その本音を尋ねて回った。
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35年ローンを組んで購入した東京郊外のマンションへの入居まで1週間。地震は突然やってきた。佐久間隆行さん(仮名・40才)一家は妻の理絵さん(仮名・32才)が息子を連れて名古屋に緊急避難。残った隆行さんがマンションへの引っ越しを済ませると、いったん東京の新居で家族が再会する。
が、放射能への恐怖のためロクに寝ることさえできない。息子はまだ3才。このまま東京にいていいのかと迷う日々の中、「東京にしがみつく生き方をしていてはダメなのでは?」(理絵さん)と考え始めたという。
幸い、夫婦とも自営業。身の振り方は自分たちの意志で決められる。
「パソコンにかじりついて情報収集しているうちに、熊本の『母親ネットワーク』のかたからおいでよ、と誘われて」(理絵さん)
トライアルのつもりで8月に熊本市内のマンスリーマンションを1か月借りてみた。親戚はおろか友人さえいない熊本ではあったが、早くもここで暮らす決意を固めた。周囲の親切さも理由だったが、安心して暮らせるありがたさが第一だった。
その後の3か月で2DKの住居を探し、幼稚園を決め、11月には引っ越し。新しい環境での生活をスタートさせた。荷物のほとんどはまだ東京の“新居”にあり、熊本の2DKの室内は生活感が薄くてガランとしている。家賃6万円は少々キツいが、支援者や他の移住者、幼稚園のママ友など日を追うごとにネットワークが広がり、熊本大好き人間になりつつある。
「仕事も大好きだったんですが、変わろう、そう思ったんです。好きな人たちと一緒に小さな幸福を育んでいこう、それが大事だと」(理絵さん)
一方、隆行さんは理絵さんの決断の早さと思い切りに押され気味。普段は東京、熊本へは月イチのペースで1週間程度滞在しながら様子を見ている。借りていた事務所を引き払い、自宅マンションで仕事をすることにしたが、軸足はまだ東京。もうひとつ踏ん切れない。
わかる。彼は40才、仕事に脂ののっている時期なのだ。意固地になっているのではなく、いまは東京で勝負がしたい。子供は子供、仕事は仕事。優先順位をつけるなんてできない。家庭をないがしろにする気など全然ないと思う。
「熊本に完全移住して、いまのように仕事がこなせるとは思えない。買ったばかりのマンションも売らなければならないですし、う~ん」(隆行さん)
歯切れの悪い発言に、「この先も仕事人間として生きていくの?」と理絵さんが突っ込み、一触即発の気配。同じく子持ち自営業者のぼくも、自分が責められている気分になる。
ちょ、ちょっと冷静になりましょう。いまは温度差があるかもしれないけれど、迷いの中にいる夫に少し時間を与えてやってほしい。疎開離婚なんかしたら、それこそ子供がかわいそうだ。
※女性セブン2012年3月29日・4月5日号