超円高が一段落し株価も回復基調にあるなど、国内景気にも“春”らしさが戻りつつあるように見える。しかし、日本経済を根底から揺るがしかねない危機が目前に迫っているという。不動産業界の「2012年問題」である。大前研一氏が解説する。
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今年は東京都心で大規模ビルが相次ぎ完成する。東京の街が活性化するのは喜ばしいことだが、これは同時に日本経済にとって大きな不安要因となる。オフィスビルの供給過剰により空室が増えて賃料が下がり、デベロッパーの経営が苦境に追い込まれるからだ。いわゆる不動産業界の「2012年問題」である。
すでに東京都心5区(千代田区、中央区、港区、渋谷区、新宿区)の空室率上昇や賃料の下落は、相当シリアスだ。オフィスビル仲介大手の三幸エステートの調査によれば、1月末日現在の都心5区の大規模ビル(基準階貸室面積200坪以上の賃貸オフィスビル)の空室率は6.39%で、前月比0.74ポイント上昇し、半年ぶりに6%台を記録した。
とくに築1年未満の新築ビルの空室率は前月の27.6%から10.8ポイントも増えて38.4%に達した。1月に千代田区や港区で複数の大規模ビルがまとまった面積の空室を抱えて竣工したからである。
また、募集賃料は1坪当たり1万9707円。賃料水準は3か月連続で最安値を更新し、1994年の統計以来、初めて2万円を割り込んだ。
区別にバブル崩壊後のピーク時の賃料と1月末日時点の賃料を比較すると、千代田区は3万5300円(2008年6月)から2万2600円、港区は2万9500円(2008年1月)から1万9800円、新宿は3万1600円(2008年8月)から1万7100円などとなっている。都心で賃料が2万円を割り込んだら、デベロッパーの“危険水域”だ。
なぜ、このような状況になっているのか? そもそも日本経済が低迷しているため、新たに入居する会社は少ない。高い賃料を出してくれる外国の金融機関などは、日本からの撤退やリストラを進めている。
今まで入居していた会社は、より安いビルに引っ越したり、東京から撤退して故郷(本社所在地)に帰ったり、東日本大震災のBCP(事業継続計画)対応で東京以外に機能を分散したりしている。
さらに、多くの会社は人件費や賃料を削減するため、ネット環境さえあればどこにいてもできる経理・総務・人事・購買などのバックオフィス(事務処理部門)業務を、地方や海外の会社にアウトソーシングしている。
そうした理由で東京のオフィス需要が伸びなくなっているわけだが、それによって2つのことが起きる。まず、新築大規模ビルの所有会社は借金をして建てたばかりだから、なんとしてもテナントを集めなければならないので、賃料を下げる。
私が調べた例では、計画時は募集賃料を3万円に設定していたビルが、現実には2万円くらいに値下げしなければ入居してもらえない。2万円でも競合物件が多くてなかなか決まらないため、“おまけ”を付ける。
今の流行は、最初の1~2年間は賃料不要で、その後5年間は値上げをしない、さらに引っ越し代も払う、というものだ。これはアメリカの大都市やイギリスのロンドンが1990年代に経験したバブル崩壊後の状況そのものだ。まさに“出血大サービス”である。
※SAPIO2012年4月4日号