中国国内の商標登録をめぐって、アップル、エルメス、といったグローバル企業が、このところ立て続けに裁判で敗訴している。日本もかつて「クレヨンしんちゃん」の商標をめぐって泣き寝入りしたケースがある。WTO(世界貿易機関)加入から11年。GDP世界2位にまで上り詰めた経済大国が、いまだ繰り返す「泥棒行為」。訴えても勝てない不条理の裏には何があるのか。評論家の宮崎正弘が解説する。
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中国では偽商標だけでなく、ブランド品などのコピーも当たり前のように行なわれてきた。このような行為を中国では、「山寨(シャンジャイ=コピー)文化」と呼んできた(中でも、屋号や商標、類似した名前を登録・使用する行為を「傍名牌(バンミンパイ)」という)。「他人の物を盗むのはよくないが、真似るのは盗みではない。何が悪い!」というわけだ。企業では「山寨精神」といい、模倣することを推進しているほどである。
こうしたコピー文化には、歴史的背景がある。
そもそも共産主義の中国には土地の私的所有権がない。ゆえに、他人の「所有」(特に知的所有権や商標など)に対しての意識が希薄だ。
また、施政者(かつては皇帝、現在は中国共産党)が代わるたびに翻弄されてきた中国人は、他人を信用しない。ただし勝ち馬に乗れないと大変なことになるので、そういう動きには敏感だ。だから「ロレックスの模造が儲かる」となると、猫も杓子も一斉に偽ロレックスを作り始める。
そして、大多数の中国人が「あの世」を信じていないことも大きい。大切なのは「この世」だけなので、自分さえ良ければそれでいい、となる。金さえ得られるなら、相手に迷惑をかけることも平気だ。
こうした歴史的背景に加え、近年の経済成長で急増したアメリカ帰りの弁護士や弁理士の影響がある。アメリカの「何でも訴訟して金にする」という考え方と技術を学んだ彼らが、積極的に訴訟を起こし、マッチポンプ式に大金を得ているのだ。
北京市内で、ベンツを乗り回している中国人は、共産党幹部か、そうでなければ弁理士か弁護士、と冗談で言われているほどだ。
中国には「嘘つき」に該当する言葉がない。嘘は当たり前だからだ。同様に、「ずるい」という言葉もない。むしろ「賢い=ずる賢い」であり、ずる賢さを称える。
中国の山寨精神の行き着いた先は、自国商品のコピーだ。少しでも売れたものがあれば、数週間後にコピー商品が出回る。工業製品のみならず、上海ガニなどは本物にあたる確率のほうが低い。
コピーの極めつけは、「偽札」だろう。中国国内で流通している人民元の2割は、偽札と言われている(紙幣番号のインクしか違いがないという精巧な偽札で、中国当局の関与すら疑われている)。
あまりの偽札の多さに困り、中国のホテルには必ず、偽札発見機が置いてあるのだが、しかしその発見機の多くも日本製のコピーなのである!
私も現地で経験があるが、偽札が見つかるとフロントからはこう言われる。
「本物と交換してくれ」
ホテル側は損をしなければいいと考えているので、騒ぐこともない。
これが山寨精神を賞賛する中国という国なのだ。だからこそ、エルメスやアップルの訴えを退ける。自分さえ儲かればいいという利己主義で、国自体も動いているのだ。
であるならば、TPPの枠組みで中国を牽制しても、WTOがいくら圧力をかけても、この「盗み」の習性は止まらない。むしろ、ずる賢さに磨きをかけ、エスカレートし続けることだろう。
※SAPIO2012年4月4日号