今年の東大の前期入試の合格者は、昨年に大幅減となった麻布が持ち直したものの、一位の開成の大幅増が話題になった。その麻布で、いま中学入試の受験生が減っているという。名門・麻布で何が起こっているのか。ユニークな教育論で知られる麻布中学・高校の氷上信廣校長に聞いた。(聞き手=ノンフィクションライター神田憲行)
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麻布学園は、武蔵、開成と並んで私立御三家と呼ばれる中高一貫の男子校である。50年以上東大合格者数ベスト10をキープしながらも、制服と校則がないなど自由な校風で知られている。普通の進学校でない校風に憧れる受験生、保護者も多い。
だが今年の入試で、麻布の受験者数が減ったことが大きな話題になった。公立の中高一貫校が台頭してきて、私立受験界は中堅校以下は苦戦は予想されたものの、麻布などの難関校は関係なし、と思われてきたからだ。
——今年の入試で受験生が減ったことが大きな話題になりました。どのように分析されていますか。
氷上:161人減りました。そのうちの60人は関西や九州の塾が主催した受験ツアーが無くなったからです。彼らはもともと合格しても入学するつもりはなく、受験生の力試しと塾が合格者数を誇るためにわざわざ来ていたんですが、今年からそれを中止にしたようです。理由はたぶん経済的な状況じゃないかと思うんですが、詳しいことはわかりません。
残りの100人は東京・神奈川近辺の他の学校に流れました。これは世の中が堅実志向になってきたことの反映かな、と思っています。
——というと?
氷上:やっぱり勉強にしろ、生活指導にしろ、細かく学校が指導してくれた方が保護者は中学・高校の6年間のイメージが持ちやすいでしょう。麻布はクラブ活動や学校行事も盛んだし、自治会など生徒の自主性を重んじる校風ですから、管理型の学校ではない。6年間息子を預けるのは「賭け」みたいに感じる保護者もいるんじゃないかな(笑)。
——麻布に入れることは賭けなんですか(笑)。
麻布:いやいや我々はちゃんと生徒の指導はしていますよ(笑)。僕はいつも生徒には、「二兎を追え」と言っているんです。ひとつは勉強をしっかりすること。もうひとつはクラブ活動などを通じて学生生活を充実させること。ただ麻布の自由な校風について、保護者に説明が足り無かったな、というのは痛感していて、今年からは学外で行われる学校説明会にも積極的に参加していこうと考えています。
インタビューを行っているのは校長室。置かれたホワイトボードにはたくさんの書き込みがある。実は氷上校長は「教養総合」という授業も担当していて、ここはその「教室」にもなっている。
氷上:「教養総合」というのは中三と高一が対象で、先生が自分が教えたい講座を立ち上げて、それに生徒が応募する形の授業です。大学のゼミみたいなもの。僕が校長になったときに授業を担当できないのがつまらなく感じたので、始めた科目です(笑)。
過去には「そば打ち教室」を立ち上げた先生もいましたよ(笑)。僕は倫理社会の教師だったので、毎週みんなで決めたテーマについて作文を書いてきて、輪読して討論するという授業をしています。今季は「偽善」とか「ふるさと」とか「価値」などがテーマでした。
——恐れながらそれは大学入試とはあまり関係なさそうですね。
氷上:まあ、ほとんど関係ないよね(笑)。
——今年の東大の前期入試の合格者が発表になりました。昨年、麻布の合格者が減りましたが今年は持ち直し、一位の開成の大幅増が話題になっています。
氷上:僕が校長に就任した年に東大合格者が減って「麻布凋落」って週刊誌に書かれたんだよ(笑)。去年はそれ以来の減り方だった。
——なにか対策を施されたんですか。
氷上:そういう意見がどこからも起きてこないのがこの学校の不思議なところでね(笑)。もちろん私が現役麻布生だった頃に比べて、今はかなり勉強にも細かい指導をしています。でも東大に合格させることが最終使命ではないから。東大に入ったって、つまんない奴はいっぱいいるからね。そのためだけに6年間を律するなんて馬鹿馬鹿しい。
それだったらクラブ活動とか、仲間との大切な時間に打ち込んで欲しい。その結果浪人したり、東大でなくったって、個人的には構わないじゃないかと思う。うちは「第二開成」になるつもりはありませんから。
——昨年話題になった元経産相の古賀茂明さん、「脱原発」を掲げた城南信金の吉原毅理事長も麻布OBです。なにかこう、世間にことを起こす人に麻布出身者が多い気がするのですが。
氷上:わざとことを起こそうと考えてるわけじゃなくて、ここでの6年間で既成概念を疑う、自由にものを考えるということが身についた結果、そうなってしまうのかもしれません(笑)。自由にモノを考える人間になってくれたらいい、僕が思うのはそれだけですよ。