把瑠都の綱獲り、鶴竜の大関昇進が話題となった大阪場所での最大の注目は、昨年の八百長問題による中止で受けた大打撃からの回復を、相撲協会が角界改革を掲げる最年少理事・貴乃花親方に委ねたことだった。
その4日目、貴乃花を激怒させる「大事件」が起きていた。原因を作ったのはあの「悪童横綱」だった。若手親方が振り返る。
「この場所の敢闘賞は玉ノ井親方(元大関・栃東)かもね。あの朝青龍を“送り出し”たんだから(笑い)」
この日は、来日中のバトボルト・モンゴル首相の観戦が予定されていた。ところが、直前になって元横綱・朝青龍(ドルゴルスレン・ダグワドルジ氏)が同行することが判明。関係者は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「事前に来場者の名簿は提出されていたが、朝青龍が本名で登録していたためか、協会側が見落としていたようだ」(同前)
昨年11月の九州場所では、9日目に朝青龍が来場。許可なく支度部屋に闖入(ちんにゅう)して、日馬富士ら後輩モンゴル力士を激励した。八百長騒動以降、支度部屋への関係者以外の立ち入りは禁止されており、大問題になった“前科”がある。
しかもこの日は、着物女性の来場を呼びかけるという、大阪場所担当の貴乃花親方の肝煎り企画「和装デー」当日。出迎えに景子夫人も動員した目玉企画は、地元呉服店団体の賛同も得て、華々しく行なわれていた。
折角のイベントを傍若無人の問題児に台無しにされてはたまらない。貴乃花親方は、大慌てで警戒を指示。午後5時過ぎに首相一行が到着すると、周囲を5人の親方衆で取り囲んで徹底監視する態勢で臨んだのだ。
会場の大阪府立体育会館には国技館のような貴賓席がないため、一行は3階の椅子席へ。
席に着いて20分もすると、早速朝青龍が素早い出足を見せた。モンゴルの後輩、横綱・白鵬の激励のため、1人だけ席を離れて階段を下り、東の支度部屋方向へ移動を始めたのだ。
警備担当の親方が無線で連絡を入れると、玉ノ井親方は支度部屋に急行。ズンズン進む朝青龍。入り口で警備を担当する若者頭が、決死の形相で通せんぼすると、朝青龍は一瞬ムッとした表情になる。
手の早い悪童が爆発したらど突き合いになる、そう思われた次の瞬間、玉ノ井親方ら5人の親方衆が駆けつけてきた。それに気づいた朝青龍は苦笑いしながら、ニコリともせずに立ちはだかる玉ノ井親方の表情を見て、自席へ引き揚げた。しかし、来賓同行という立場でなければ、あっさり引き下がったかどうか……、一触即発の土俵下だった。
席に戻った朝青龍は何事もなかったかのように、歓声に応えて愛嬌を振りまき、結びの一番まで観戦。帰り際、報道陣に囲まれると「いやあ、朝青龍コールが起こったな。よかった、よかった」と満面の笑みを浮かべて帰っていった。
「気持ちはわかるが、お客さんは土俵そっちのけで朝青龍を追いかけていた。貴乃花親方は表情こそ変えなかったが、内心は苦々しい思いだっただろう。和装イベントの出迎えの時から、浮かない表情だったからね」(別の若手親方)
※週刊ポスト2012年4月6日号