大震災に伴う大津波、そして原発事故。「どうしてSFと同じことが現実に起こってしまったのだろう」――漫画家・萩尾望都さんはその疑問を、漫画に描かずにはいられなかった。
この3月に、福島第一原発の事故に想を得た短編『なのはな』、そして放射性物質を擬人化した3部作『プルート夫人』『雨の夜―ウラノス伯爵―』『サロメ20XX』、そして新たに描き下ろした『なのはな―幻想「銀河鉄道の夜」』を収録した、『萩尾望都作品集「なのはな」』が発売となった。
同書は、フランス・パリで開催される「ブックフェア」にも正式に招待され、『なのはな』にフランス語訳をつけて持っていくという。フランスはいわずと知れた原発大国。その反応が気になるところだ。
「この作品が海外でも出版され、世界中で原発について考えるきっかけができるといいですね。漫画家という立場を使って、私は自分の意見をいいました。しかし、まだ宙ぶらりんの感じがしています。みんなで、これからどうしたらいいのか考えることこそが、大切なのだと思います」(萩尾さん・以下同)
萩尾さんが作品で社会問題に取り組んだのは1971年の『かたっぽのふるぐつ』以来、実に40年ぶり。「そういったテーマで漫画を描いても、現実には解決しないことが多いから描くのがつらい」と、これまではSF作品を多く手掛けてきた。しかし、今回ばかりは描かずにいられなかった。
東日本大震災の翌日、12日15時36分に、東京電力福島第一原発1号機が水素爆発。自衛隊を含め、警察消防の決死の放水で最悪の事態は免れたが、多量の放射性物質が流出した。そして枝野幸男内閣官房長官(当時)は、「ただちに健康に被害はない」とコメントし続けた。
そんな異常な日常の中、「心がうつうつと、ザワザワしていく自分自身を励ますつもりで」描いたのが、『なのはな』だ。
昨年のあの日、萩尾さんは埼玉県内の自宅兼仕事場で、7匹の猫と一緒にいた。船が揺れるようにゆっくりと家が左右に揺れる中、あまりの揺れの長さにあわてて裸足で外に出た。
「芝生の上に立つと、足の裏から脈打っているように、地面が揺れているのがわかりました。震源地は東京かと思って知人に電話を入れるも、電話は通じない……。そのうちにテレビが伝える津波の被害に呆然となり、東北の太平洋沿岸はどうなっているのか、不安でたまりませんでした」
そして、耳にはいってきた福島の原発事故――
不安に突き動かされて、インターネットで原発に関する情報を探した。そして、実はすでにメルトダウンが起こっているのではないか、との結論に達した。しかし政府からは何の発表もなされない。そして、そのまま1か月が過ぎたという。
「現地がどうなっているのかがわからず、落ち込んでいました。そんなとき、友人が・少しでもお金を使って、経済を回そうじゃないか”といい出し、代々木公園でお花見をしたんです。集まった中にチェルノブイリの原発事故に詳しい人がいて、チェルノブイリでは汚染した土壌にひまわりや菜の花などを植えて除染しているというんです。それを聞いて、小さな希望が見えた気がしました」
そのころすでに、福島県では菜の花を植えようという試みがスタートしていた。
「被災地を離れて生活している人たちが、いつか菜の花が植えられた故郷に戻れる日がきたらいいなという気持ちを込めたかった。私は漫画家なので、その気持ちを、漫画を描くことで表現しよう、と思ったんです」
主人公は、津波で祖母を失い、原発事故の影響で放射能と共に暮らすことになったナホ。ファンタジックな、一面の菜の花畑の中で、ナホに種まき器を渡すのは、チェルノブイリの少女。その種まき器は、亡くなった祖母がかつて使っていたもの。風景の奥には、4基の原発が見えている。
「希望を持って描いたのですが、読みたくない人や気分が悪くなる人もいるのではないかと思いました。ツイッターで批判があったらどうしようと怖くて自分では見ることができなかったので、マネジャーに代わりに読んでもらい、どうやら評判がいいようだとわかってほっとしました」
※女性セブン2012年4月12日号